ピアノの先生に才能があると言われと・・・

皆様、いかがお過ごしでしょうか。最近、更新が滞り気味の管理人でございます。

学校に入学してからも、ピアノを続けている息子ですが、入学してからいくつかレッスントラブルがありました。

学校内での伝達ミスでのレッスン遅延、補講があるのを忘れてのレッスンスキップ。息子は、毎月、先生の貴重なレッスン時間をロストしています。

大丈夫なんでしょうか?やる気あるの?

というのが、親心というものです。小学生の頃であれば、親がレッスンに付き添うということは、低学年の頃では当たり前ですし、高学年になっても、ある程度はサポートできましたが、中学校になってからは、さすがに親はサポートできません。

というか、それくらいの時間管理能力は、本人が保持してもらいたいところです。

というところで、この間、息子に伝えました。

「先生が、あの子には、今日はあれをレッスンしなきゃね」って考えて、レッスン室に向かって、あなたを待っていて、「あれれ、いつまで経ってもこないや」ってなった時に、先生ってどう思うんだろうね?

あ!? そうか!

この瞬間に初めて自分がやったことの問題に気づいたようです。

ということがありまして、今週は、先生にお詫びのメールを差し上げました。

で、お返しの丁寧なメールですが、

あまり気にされていないこと、それよりも新しい環境で、大変でしょう

という、心遣いをいただいてしまいました。また、なんと

とても才能があるので、頑張っていただきたいです。練習時間をうまく取れないと、伸び悩んでしまうので、練習時間は必ず確保してください。

という、びっくりしてしまう内容もいただきました。おそらくセールストークもあるでしょうし、上には上がいるので、そのまま受け止められませんが、とても才能があると言われると、親というのは揺らいでしまうものです。

自分の中学生活を思い返してみれば、地元の中学に自転車で通い、普通の義務教育だったので、部活をさぼるとか、部活を辞めるとか、そういうことは、日常的に普通にあったので、ピアノもそれと同じと考えると、まぁ、しかたのないことかなぁと思うわけですが、ピアノがやりたくて通うことになった学校ですから、レッスンに参加できなかったというのは、すごく残念な気持ちになりますね。

いろんな経験が、良い演奏を生むと聞きますが、この経験も何かに繋がればいいかなぁと思います。

本日も最後まで記事をお読みいただき誠にありがとうございました。

ピアニストを目指すことは、勉強も頑張ること

ピアニストを目指す。

ピアニストを目指すのであれば、勉強はいらず、ピアノばっかりやっていればよい。

そのような思考で、ピアノをやっていることは非常に問題です。

ピアニストを職業として、目指すが、もしなれなかった場合のリスクをきちんと想像し、ピアニストになれなかったとしても、ピアノに関する仕事、あるいはピアノ以外で興味が持てる第2の目標に向かって、やれることをやっておく。

このような戦略的な思考を子供の頃から持っていないようでは、おそらくピアニストにはなれないでしょう。

なぜならば、音で何かを表現するということは、それくらい高度な知能が必要だからです。

よく売れてる芸人さんは、しゃべりの仕事だから、頭がキレると言われますが、これも同じことです、勉強は嫌いかもしれないが、人付き合いが上手い、客観的に状況を分析し、適切な発言をする。ときには、突飛な発言もするが、許容範囲。

そのようなことにも、高度な知能が必要です。

ピアノでご飯を食べるなら、ピアノ以外のことはやるべきではないという人も時にはいらっしゃいますが、スケートの羽生選手を見ても、最近の芸能界を見ても、一流とされる人となると、勉強もできることが多いです。

というところで、最近、我が家の息子ですが、ピアノの練習よりも勉強ばっかりしています。はっきりいって、心配です。というか、そうだったのなら、音楽中学校ではなく、地元の中学校でもよかったのではないか?

そう思うくらいです。

ショパコンで、上位に入ったピアノプレイヤーが、実は歯科医を目指していたり、音楽だけではなく、ほかのことでも優秀とされる人が多い印象があります。

そう考えると、まぁ、勉強している息子の姿も悪くはないのですが、ピアノは大丈夫か?という親心はあります。

ピアニストになれとは思っていないですし、なっても厳しいのが見えますから、勉強を頑張るのは、良いのですが、ただ、ピアニストになると言った言葉をみると、これがそれ?と感じてしまうのは、親だからでしょうかね。

とりあえずは、好きにさせますが、どうなるのでしょうか。といった親心で見守るしかありませんね。

最近は、何を弾いてるのかもわかりません。

ピアノの森 第6話 「森のピアノ」を先ほど視聴しました

こ2~3か月、仕事で忙しくて、めっきり本ブログを更新できておりませんが、ピアノへの愛情が冷めているわけではなく、時間がない、ただ、それだけですので、ご了承ください。

さて、先ほど、ピアノの森 第6話「森のピアノ」を見ました。リアルタイムで見れないところも、私の忙しさを察してほしい(笑)ところですが、原作に忠実なストーリー展開はNHKならでは、なのでしょうかね?

秀才設定の雨宮くんは、5年生で全日本学生音楽コンクール1位。これもある意味天才でしょうし、一ノ瀬海も天才設定だからこその、数か月での譜読みです。これまた天才設定です。

問題のシーンは、カワイのクリスタルピアノの演奏です。譜面から読んで弾いたということですが、数か月前まで楽譜すら読めなかった海なのに、難易度の高い楽曲を弾いたというシーンが展開されています。実際いたとしたら、天才でなくては、こんなことはできないでしょう。

ネタバレとなりますが、将来的にショパコンに出ることになる二人。どちらも天才でなくてはいけません。確かにと思わせるシーンです。

また、私が心に響いたシーンとしては、阿字野先生の決意ですかね。

ピアニストの道を断たれ、婚約者を失い、ピアノの道からはずれかかっていた身の上ですから、ピアノの先生としてではなく、海外に道を開くサポートを想定していたというシーンです。

結局、そうではなく、ピアノの先生として、責任を持って、一ノ瀬海を育てる決意を、海から突き付けられるのです。

なんという、子供でしょうか。

このようなことは、実際の社会でも、ないことはないということを、最近私は感じることがあります。

最初は、こんなことになるとは、考えてもみなかったのに、気づいたら、結果的に、こう繋がるのかということが、人生長く生きているとあるものです。

すべての出来事は、点で、起こり。偶発的に、起こっていたことなのに、それを結び付けてみると、あたかもそれが、事前に繋がることを想定して、作られていいたかのようなできごとが、長年生きているとあったりします。

ピアノの森は、一見シンプルな作品に思えるのですが、実体験に合わせて読み解くと、思いのほか、深い作品だと、最近感じることが多いですね。

子供から、大人、親、お爺ちゃん、そうやって生きていく中で、多くのことが見えるようになるものだと思います。

長くなってしまいましたが、また、時間ができましたら、本ブログサイトもよりよくしていく気持ちは、ありますので、お付き合いいただければと考えております。

また、次の記事でお会いいたしましょう。

音楽科専攻の中学生の旅行って、こんな感じでした

の息子が、今年の4月から音楽科のある中学校に入学したことはこのブログでも書いてきておりますが、そんな息子と出かけたGWの旅行の状況について書いてみたいと思います。

音楽科に通ってはいますが、普通の学校の勉強もやらなければいけない息子は、このGWの旅行で、勉強道具と楽譜を持って行ってました。また、車にキーボードも持って行っています。

さて、そんな旅先に持って行った勉強道具たちですが、実際に勉強をやったかというと、朝の1時間未満程度で、実際にはほとんどやっていませんでした。

親としては、大丈夫!?という感じです。もちろん、私は勉強道具の持ち込みを強制してはおりませんので、持ってきたのはやる気を感じましたが、実際にはほとんどやってないので、「はぁ・・・」というため息しかありませんね。

まぁ、中学生なんて、こんなもんかもしれませんね。

旅行中でも、練習しなくちゃと、移動中もキーボードで指練習して、空いた時間があれば、楽典の勉強をするような子供なんてのが、理想ですが、現実はそんなことはなく、車中では、お気に入りの歌をソロ合唱してました。

ピアニストというよりも、結局歌もののがやりたいんじゃないの!?とか、どんどん不安しかない方向で、好き放題です。

まぁ、人生というのは、否なことをやっても、どこかで伸び悩むし、辞めたくなるので、お好きにどうぞという感じではありますが、もうちょっと、やってもらいたいというのが、親心でした。

私も中学生の中間テストや期末テストの際には、親と出かける際に、勉強道具を持っていった記憶があるので、同じように中学生を抱える親御さん達には、持って行ってやるという時間を作ることは、お勧めします。

本気なら、そのくらいのことは、やれます。道中長いですし、酔ってしまうという意見もありますが、音声でも、なんでも今は簡単にネット経由で得られますから、工夫すれば、時間はいくらでも作れるものです。

というところで、今回のブログは、音楽専攻の中学生は、旅行で「たいしたことやらない」という落ちで、終わります。

また、次のブログ記事でお会いいたしましょう。

ピアニストの道は、とても険しいですね

近、ピアノの記事は書いておりませんでしたが、ピアノの楽曲には触れておりました。そんな中で、最近思っていること、ピアニストの道について感じるところを、日記程度に書いておこうと思います。

ピアニストになろうとした場合、小学校以前から音楽教育が始まり、中学生になるころには、8年~10年くらいのピアノキャリア積んでいることになります。また、コンクールも何度も出場して、それなりの成績を収めていた方が、モチベーションの向上につながりますので、当然経験しているのが普通です。

でも、そのような子供たちは、ゴロゴロいます。軽音楽やピアノ以外の楽器の場合は、13歳から始めても、プロになる人という方がいますが、ピアノに限定して考えると、13歳から始めてプロになるというのは、きわめて稀な状況になっています。

なんと、厳しい世界なんでしょうか。

私は、これは非常に厳しいと思います。仕事についての意識を13歳で持つことも、なかなか普通ではないというのに、13歳頃から、これを仕事にするということを意識しても、やりたいことを仕事にするのは厳しいのですから、ピアニストになることが、どれほど難しいことなのかよくわかります。

また、コンクールで全国1位になったところで、それは日本国内の話。また、コンクールには、グレードがありますから、そこで一位をとったところで、通過点でしかありません。

大学受験の模試で、東大への合格判定が出た程度なのが、コンクール一位と考えてもいいかもしれない、それがコンクールだと私は感じています。

そんな中で、モチベーションを維持し、ピアノの練習を続けなければ、ピアニストにはなれない。そんな世界なのです。

安易にピアニストになりたいと言うとき、お金持ちじゃないとピアニストにはなれないよと、かなりの人がいいますが、実態は、お金よりも練習が足りなくて、ピアニストに慣れない人の方が多いと私は感じます。

それくらい、とんでもなく技術を要求されるのがピアノだと、常々感じています。

音楽大学を首席で卒業して、安易に、私はピアニストだ、ということは決してなく。やはり演奏の質、技術力、表現力、そして、演奏を超えた、人間力、が大事になってくると思います。

もし、ピアニストになりたいという方が、この記事を読んでおりましたら、軽い気持ちでは慣れないことを感じ取ってもらえると幸いです。

本日もブログを読んでいただきありがとうございました。また、別の記事でお会いいたしましょう。

アニメ「ピアノの森」のテンポは早い

ほどアニメ版のピアノの森の第2話を視聴しました。ここのところ忙しいので、リアルタイムに見れておりません。

以前より、全24話ということは知っていたのですが、数が少なく感じまして、もしかしたら最後まで行かないのでは?と思っていたのですが、どうやら違ったようです。

第2話を見ていて、かなりスピードが早いことに気づきました。原作の中の学校や森の端の描写が、結構削られている気がします。

特に森の端あたりの描写では、下ネタ的なものがあったので、NHK的にどうするのだろうか?と思っていたのですが、全面カットで行くような雰囲気を感じます。一部のOKなシーンは作るのかもしれませんが、やはりピアノアニメということで、ピアノをやってるお子様も見る可能性がありますから、そこを配慮してのカットなのかもしれません。

第2話で気になったところとしては、音階練習は、ハノンだったということ。また、音階練習をしたくらいで、子犬のワルツをあれ程まで弾けるとすると天才以外何者ではないというところでしょうか。

原作の漫画だと、裏側にある何かを想像して、読むので理解できるのですが、アニメですと、どうしてもリアル感が増してしまって、音階練習をしないバージョンから音階練習をした後でのバージョンを弾くまでの期間がとても短いように感じられ、3日で音階練習を終え、子犬のワルツを鮮やかに弾けるようになったという印象が感じられ、実際いたら、とんでもない神童すぎて、ちょっと、やりすぎ感を感じます。

このペースで、コンクールに出場したら、雨宮くんに勝てるんじゃないでしょうか?(笑

また、この時点では楽譜も読めない設定ですよね。どこで読めるようになったかの描写は、覚えていなくて申し訳ないのですが、耳だけで、コンクールに挑むというのもすごいですよね。

ソナチネレベルならともかく、ソナタレベルになると強弱やペダリングも当たり前になってくるので、音符だけを拾っても再現できないはずですから、それができているということは、モンスター級の天才児しかありえません。

もちろん、日本人で今まで誰もショパンコンクールで一位の快挙を成し遂げていない状況で、ショパコンに挑むアニメなのですから、そのくらいのモンスター級でなければ、太刀打ちできないということもあるでしょうね。

全体的に感じることとして、NHKのピアノアニメということで、過剰な演出がないことを感じます。スタートはショパンのエチュードで始まり、エンディングで歌ものの楽曲で終わる。

どこか寂しい感じがしちゃいますね。一般人には受けれてもらえない時間帯な気がしてしまいます。

批判というよりは、私の期待とは違ったというところだと思いますが、これからどういう演出で、ショパコンを描くのかそこらへんに期待しております。

来週はどんな展開になるのか楽しみです。

それでは、次の記事でお会いしましょう。

音大の先生のレッスン 変わったこと2

年の4月。中学校入学後、初めての音大の先生のレッスンがありました。その後、最初に課されたレッスン課題について、書いてみたいと思います。

今までは、大手音楽教室でピアノをレッスンしてきました。期間は4歳くらいからで、ピアノを触り始めたのは5歳直前くらいからだったと思います。約7年~8年ピアノをやってきましたが、それを覆すレッスンが始まっています。

それは、音階の練習です。それも、指に無駄な力を入れずに弾く練習です。

息子は、小学校2年生の本当に最後になって、ピアノが好きになり、そのあとは合唱コンクールの伴奏オーディションは、必ずもらってきていましたが、すべてが覆されるような練習ですね。

今までの弾き方は、力みすぎ。無駄な力が入っている。特に指の力が入りすぎ。

ということだそうです。

確かに、男の子らしい演奏になっていったので、指の力は入っていたのは間違いないですね。ピアノは腕の力、重力の力を使って弾くというよりは、奏でないとよい音がでにくい。そういう指摘だと思います。

これは、確かにそうで、今でこそ、滑らかに指を使えるようになり始めましたが、昔はぎこちなかったのを思い出します。けれども、どこかそれでも、指が硬いというのは、私も感じていました。

とはいえ、大手教室ではそこの指摘はされていなかったので、気にしていませんでした。

さすがなのか、これが功をそうするのかは、未来にならないとわかりませんが、楽曲はやらず、指の使い方を日々やっております。

こういった楽曲をやらない練習というのは、ピアノを弾こう弾こう、楽譜こなそうこなそう、という頭では、できないものですから、このような先生が変わったタイミングでやるのは、とても良い気もします。

次から次へとコンクールを受ける。ほとんど結果は変わらないのに。という効率の悪い練習を、コンクールの予選を通過するようになってからやってきてしまったので、今一度、弾き方にフォーカスを当ててやりなおすのは大事だと感じました。

音色、強弱、譜面、ペダル…全部を今一度やり直すつもりで、始めるのには、体格も変わったことで、いい時期なのではないかとも思います。

女の子は小学校高学年頃には、だいぶ大きくなりますが、男の子はここからです。未来の良い演奏に向けて、いまから準備をするのは必要なことです。

皆さんも、伸び悩み、限界を感じたら、先生を変えてみるのはありだと私は思います。同じ先生だと、気づいてても言えない、気づかないということが、違う先生になれば、なんの関係性もないので、率直に別の視点でアドバイスいただけると思います。

客観的意見というのは、つなぎ合わせれば、事実の輪郭が見えてくるので、コンクールの評価も大事なデータだと思います。

本日も、あ読みいただきありがとうございました。また、別の記事でお会いできると幸いです。

音大の先生にピアノを習うことになって、大きく変わったこと1

の息子は、大手のとあるピアノ教室で約8年お世話になっていたのですが、今年の春から正式に音楽大学付属の中学校に入学しております。

そんな状況ですが、本日は、ピアノ教室から音楽大学のピアノの先生になったことで、大きく変わったことの一つ目を書いてみたいと思います。

ピアノ教室の先生は、残念ながらピアノ科卒の方ばかりだけではなく、副科でやっていた方もいましたが、コンクールで関東予選に行くくらいまでに育ててもらいまして、感謝はしております。

しかしながら、音大の先生に習うようになって、本格的にやるならば、こういうことなのか、というところの違いがでてきています。

どこでしょうかね!?

たくさんありますが、今日はわかりやすいところから行きましょう。

それは、

楽譜が違うです。

これまで、私の息子は、バッハのインベンションとシンフォニアをやってきましたが、その時使っていたのは、これです。有名な全音ピースの有名どころです。

ですが、これを否定されます。原曲と違うから、変えましょうと提案されます。そして、買わなければいけないのはこちらです。

ヘンレ版のインベンションとシンフォニアです。お値段にして、倍違います!!

何が違うといえば、全部違うというまで、違うのです。音符は同じようですが、指番号はもちろん、強弱記号、ペダルの入れ方まで違ったりします。

演奏家を目指すのであれば、原曲に、作曲家の意志にそって、演奏することを目指すことになります。そうすると、必然的に作曲家の意志に近い楽譜が必要ということになるわけですね。

楽譜が高くなれば、腕も上がる、、、ということは全くないですが、値段が高い分、楽譜を大事にする!!というのは、ある気もします。

今日は、音大のレッスンとの違い、1つ目を書いてみました。今後も気づいたベースで、音大のレッスンとピアノ教室との違いを書いてみたいと思います。

本日も最後までお読みいただき誠にありがとうございます。また、別の機会にお会いいたしましょう。

大激怒!息子に失望した

アノのブログを書き始めて4年が経ちましたが、息子に対して過去最大の失望をしたので、そのことを今日はブログに記録いたします。

今日息子は初めてのピアノレッスンがあったのですが、クラス担任の先生との用事で、ピアノのレッスンに10分遅れたのだそうです。

それを軽い気持ちで、いけなかったと答えました。本当に小学生の頃と変わらない軽い気持ちで、答えました。

私は、はっきり言って意味が分かりませんでした。

「本気でピアノをやる、ピアニストを目指す」

と面談で言っていた人間が、どの口でそんなことを言うのでしょうか。

中学生の息子に対してですが、完全なる失望をいたしました。そもそもの心構えがなっていないです。

ピアノの先生は、息子のために貴重な時間を割いてレッスン内容を考えていたはずです。そして、私たちもその貴重な時間のために、昨年から準備をし支え、お金を払っているわけです。

どの口が、軽く10分遅れたなんて言えるのでしょうか。

そもそも、クラス担任と音楽のレッスンの先生とのコミュニケーションがなっていないものありますが、息子がクラス担任に、「これからレッスンがあるので、明日にさせてください」と答えればいいはずなのです。

なぜ、それができないのか、質問したところ、その回答は

「勇気がなかったから」

との回答でした。この言葉にも、最大限の失望を感じました。

人生、勇気がなかったら、何もできません。勇気がなかったら、絶対にピアニストに持慣れないし、コンクールでだって戦うことはできません。

正直、人生、終わっています。

りの気持ちは、今も残っています。メラメラと燃えています。このブログを書いていると、その気持ちが再燃してしまって、心底やるせない気持ちで、いっぱいになります。

また、このことを叱ったところ、黙ったままで、何も反論もできていませんでした。このことはさらに私を失望させました。

コミュニケーション能力が、Very Lowとしか言えません。

誤るとか、逆切れするとか、反応があってもいいところですが、何もせず、黙っていました。

どうしたら、いいんでしょうね。このサイトを書いている私が、ピアノにかかわりを持つことを、ついに終わりにしなければいけないのかというくらい、ひどい事件でした。

上記の、ことを、何も答えないことを指摘して、ようやく、謝罪の言葉を述べましたが、指摘されないとできない年頃なんでしょうか。中学生というのは。

自分が中学生だったころを思い出せないので、なんとも言えませんが、謝罪できないほどに、未熟だったのでしょうか。

、私は、親と戦わないと、おこずかいももらえなければ、買い物にも連れて行ってもらうこともできなかったので、中学生ぐらいからは親とバトルようになっていたことを思い出しました。

正直、子供の人生、自分で好きなように生きればいいので、どうでもいいですが、今回の件で、少し息子に対して、距離を取ろうかとおもいました。

ピアノのブログを書いている私ですが、恥ずかしい思いが出てきてしまいました。たくさんの才能にあふれる方々を知っているし、ピアノの音色が好きなので、ブログは辞めないとは思いますが、自分の息子の考え方には、ちょっとどころか、心底あきれました。

今日もブログを読んでいいただき誠にありがとうございました。次の機会には、良い内容だと幸いです。また、お会いできることを楽しみにしております。

新生活でピアノ言ってられない

大であれ、音楽中学校であれ、進学校であれ、入学がゴールではなく、入学はスタートです。先日、うちの息子も中学校の入学式を迎え、昨日から学校生活が始まっています。

音楽科のある中学校とはいえ、毎日が音楽の授業ということもなく、普通科の生徒も普通にいますから、言動のきつい先生がいたらしく、昨日はちょっと落ち込んでいました。

最初は、そんなものです。私が中学生の頃は、まだ体罰という言葉も今ほどは厳しくなかったので、ないことはなかったと思います。声を荒げる先生もそれなりにいて、正直早く卒業したかった場所が、学校というものでした。

さて、そんな学校生活が始まりまして、息子は昨日もピアノの練習をするのですが、どこか上の空。やはり、新生活で疲れ切っていたんだと思います。

日から、いよいよ新しいピアノの先生の正式なレッスンが始まります。昨年は、体験レッスン、夏期講習、冬期講習とで、全5回ほどレッスンを受けておりましたが、今年からは、師事を受ける先生として、正式なレッスンの始まりです。どんな風に変わるのか、不安もありますが、意味のあるレッスンになってくれれば、幸いです。

直近のコンクールでは、全国大会に出ることはなかったのですが、中学校3年生の間に全国レベルの成長がないと、ピアノで食べるのは厳しい気がしてきますから、頑張ってもらいたいものです。とはいえ、これまでは、先生もピアノ科卒ではなく、自己流でやってきた感が強かったので、学校生活になれ、ペースがうまく取れれば、ピアノにも身を注げるようになるのではないかと、親としては感じております。

ピアノコンクールの評価方法については、別の機会にまとめようと思いますが、基本的には、採点だということがわかってきています。学校の試験と同じで、きちんと譜面通りに弾けているかが問われています。これは間違いありません。全体として、どんなにまとまっていて、洗練された音楽になっていたとしても、譜面通りの演奏がなされていないと、全国には行けない。

これは、間違いありません。実際に、こんな演奏が全国?と感じることもあり、表現力よりも、そもそもの譜面を大事にしているのかが、わかります。

でも、こうなっていることは理解できます。学校の勉強の試験の答案が、いかに美しい字で書かれていたとしても、100点にならないようなものなのですからね。汚い字であれ、内容に不備がなければ、テストで100点は取れます。そういった意味で、コンクールは、譜面通り弾けたかが問われるのです。

少し長くなってしまいましたが、コンクールの勝ち方は、別の機会に改めて書くことにしていますので、しばらくお待ちください。

今日のレッスンで何を課題にされるのか、すごく気になっていますが、ペースをつかみ頑張ってもらいたいものです。

本日もお読みいただき誠にありがとうございました。明日も、お会いできることを楽しみにしております。

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