「ピアノのムシ8」を買い読みました

連日投稿ですね。今週はできた!(話がそれてしまいそうなので、戻します。)

以前からこのブログでも紹介していた漫画「ピアノのムシ」の8巻が6月1日に発売されていたようです。

私はこの漫画に昨年はまり、一週間でほぼ全巻買って読んでしまい。楽しんでました。

ということで、早速昨日買って、先ほど読み終えました。

具体的な中身については触れませんが。。。この漫画は、ピアノの調律をメインにしてますが、人間のリアルな生き様を描いているという点で、ものすごく面白く、魅かれる作品です。

もちろんピアノを扱っているというところで、私の琴線に触れているのは間違いないわけですが。。

いわゆる少年少女マンガによくありがちなのは、どちらか一方が悪で、もう一方は正義という、まったくもってうさんくさい、リアル感のない設定です。

映画を見てスカッとしたい人はそれでいいでしょう。

でも、私の場合は、一方的な正義は、どこか胡散臭くて気持ち悪いのですね。

リアルじゃない。

ピアノ調律の問題は、調律師だけの問題ではなく、メーカー、販売者、先生、親、そしてピアノ演奏者、いろんな人の問題であり

マフィアのボスであれ、犯罪者であれ、すべての人に正義はある

ということをどこかで聞いたことがあるように、それぞれの人にとっての正義が時には悪になったり、正となったりというのが、大変奥深いのでありますな。

今回は、まさかそっち!!という、逆転の展開もあり、やはり続きをみたいとさせる面白さがありました。

ちょっとマンネリ気味ではあるのですが、まだ、ぴりりとスパイシーな話もあってよかったです。

 

Debussy – Doctor Gradus ad Parnassum

皆様いかがお過ごしですか???

ブログの更新が久しぶりすぎになってしまいました。

というのも仕事が忙しいだけではなくて、健康診断の結果が悪く病院にいくことになり、ライフスタイルを変える必要があったのと、子供の面倒を見る機会が増えてしまって、ネットに迎える時間がとれなかった(?いやネットの時間はとれるんだけど、生活が落ち着かなかった)こともあり、今日になりました。

さて、今日YouTubeで視聴した「グラドゥス・アド・パルナッスム博士 / “Doctor Gradus ad Parnassum”」を掲載です。

なぜか、それは次のピアノ発表会の課題曲だからですね。

さて、小学校も高学年となり、宿題が増えて子供もどうやらピアノの時間をとることに抵抗が見えてきました。

そういえば、ひとつ上6年生の神童だった天才児もピアノが熱心じゃなくなったのも昨年である。ということで、小学校高学年と言うのは、かなり宿題が増えて、子供の時間がなくなる時期ということが理解できました。

私が子供のときはまったくそうじゃありませんでしたが。。。

この曲、息子に言わせると、

曲の終わりがなぜそうなのか理解できない

ので、好きになれないそうなのである。調べてはいないですが、おそらくは作曲する上で作品の曲のつながりで、何かしら理由があってな気がしますね。

やる気がないのは、練習を聞いていればあきらかで、曲がのっぺらぼーになってしまっています。

ということで、今日は前出のYouTubeの動画を息子に聞いてもらいました。

もちろん、

うまい

との感想を回答。そして、問題の終わりのフレーズについては、

早くなっててよくわからん。

だそうな。

奥さんからは、息子がピアノをやめたいって言ってたと聞いたのですが、今日話を聞くと。この曲がいやって話でした。

いままで息子が好んで弾いてきた曲は、どれも変化がある曲だったので、この曲は好きになれないんだろうなと思います。

で、私は思います。

苦しめとw

苦しむ時こそ、人生に変化がおこり別の可能性が見えてくるのである。

まぁ、そんな感じで、久々のブログ更新でした。

ランキングがかなり後退してしまいましたね・・・更新していなければ当たり前ですね;

次回はもう少し早いペースで更新したいものです。それではまたよろしくお願いします。

サウンドクリエーターを目指すそうです

小学4年生のときに、うちの息子は、「サウンドクリエーターになりたい」と言いだしたんですが、それって何?作曲家?と思ったわけです。

ですが、どうやら、ゲーム音楽、アニメ音楽方面の作曲家志望ってことらしいです。

ということで、本当の現場の話しって言うのを知ってから、本当にそんなのを目指すのか考えてもらいたく、「ゲーム音楽の作り方」という本を買ってあげました。

確かに、クラシック音楽や、ピアニスト需要なんていうのは、頭打ちで、正直、食べていけるのなんて、超頑張って、それでもやっとでしょ言う世界なわけです。

一方で、ゲーム音楽なら、まぁ、今のようなスマホゲームバブル状況だと、引っ張りだこでしょうから、それなりに、食っていけそうではあります。

が、それでも、何でもやる奴隷である普通のサラリーマンに比べたら、需要はないわけで、未来も必ずあるわけではなく、狭き門なのはあたりまえでしょう。

頭いいなら、無難に医者。というのは、やはり、私もそう思いますが、医療器具がめちゃくちゃ高くなってしまった昨今、親が医者じゃないと正直開業なんてできないんじゃないかという時代で、医学+経営+金融がわかってなきゃ、頭がよくたってダメな時代ってのは、認識しておいた方がいいかと思います。

まぁ、「目の前のやれることを、やれるだけやる」のが人生の基本だと考える私から見たら、やれるならやってちょうだいと、この間の休日、私は息子に即興でお題を出していました。

・兄弟喧嘩をしているときの音楽

・夜空をながめ、星を見ているときの音楽

・戦闘シーン

などなど

マネだって大事と言う話をしていましたが、自分なりの表現はできていて、まぁまんざら成りたいって言うだけのことはあると思いました。(ハイ!親ばかです)

まぁ、子供のいうことですから、どこで、どう成りたいものが変わるかもしれませんから、本当にそう思うなら、目指せばっていうのが、私の見解です。

人生は、目の前のやれることを精一杯やるだけで、それが一番なのですからね

息子)この人、脱力できてない! @YouTube

皆様いかがお過ごしでしょうか

ピアノはやはりいいものですね。最近私は息子の練習の曲ですら癒されるという親ばかの状態になってます。

さて、今回の話は、息子の成長にまた驚いた話です。

自慢話かもしれないので、閲覧注意です・・・(苦笑

最新のピアノの独習本を読むと今や、ピアノのタッチに関してハイフィンガーはありえない状況でして、脱力する重量奏法が、メジャーです。
http://www.muratapiano.com/technique/weght-playing1.html

お箸でご飯を食べる日本じゃない、フォークとナイフのヨーロッパで生まれたピアノですから、結局日本的な姿勢の弾き方はNGなわけですね。(もしかしたらアジア的な洗練された弾き方が生まれるかもしれないけど、そういうアジア的な曲をつくらないとでしょうね)

ということですが、おそらくもうちょっと前の時代は、ハイフィンガーも普通で、子供の頃から熱心にピアノを習ってきた人程、もしかしたら、そんなクセがついているのかもしれないと、最近思うようになってきました。

私の息子は、音色にはうるさいところがあって、もうちょっと強く弾いたらとアドバイスすると、音が悪くなるからやななだよねと、言われる始末。

あー、素人の話は聞いてくれないのかい

となるわけですが、先日YouTubeでとある方の演奏を聴いていたときのことです。息子が、

この人全然タッチがよくない、脱力できてない

なんて、言っていたんですね。

どの口が言うんだか、生意気ですね・・・

私は脱力の話を最近していなかったわけですが、この話を聞いて、普通に息子は脱力が身についてんだなって、思った瞬間だったのですね。

そもそも脱力に関しては、私は後から意識していたわけで、以前から、ピアノの先生は脱力を意識した弾き方を指導していたということです。

では、実際に、脱力できている人と、そうでない人で違いがあるのかというのを、私のような素人の意見で書くと、

はい、良く違いがわかります

言えちゃうんです。本当に脱力すると音がよくなります。

昔のプロのピアニストの映像を見ていると、プロと言っても、みーんなタッチは違っていて、まぁ、正直見ていて指の動きはキレイではないんですが、無駄の力の入らない、重力によるタッチというのは、やはり音がいいんです。

ピアノは鍵盤を指で押すのではなく、鍵盤を通して重力でハンマーを跳ね上げるという時に、一番良い音がするんじゃないかと思うんですね。

まぁ、そりゃ澄んだ音を出すって言うのは、そういうことですね。

今日は、息子の成長の一場面を書いてみました。皆様のお子さんのピアノレッスンにおいて、参考になればと思い、今日は書いてみました。

【悲報】ピアノの共鳴が止まらない・・・(´Д` )

皆さま、ごきげんいかがですか?

いいなら何よりです。( ´ ▽ ` )ノ

ですが、私の家のピアノがさいきんごきげんななめなのですね。

昨年1月にとても良い調律師さんに出会ったこともあり、これまでで最高の調律をやってもらったと自負していたのですが、どうやら鍵盤の蓋のあたりの共鳴が止まらない。

寒い冬の時期には全くなかったのに、暖かくなったら急に鳴り始めたのです。どこで共鳴しているのか、全部の蓋を外して確認しますが、どこなのかはっきりいってわからない・・・(ピアノの解体の仕方を前回の調律の際に習っていたので今や余裕です)

いろいろネットで調べてみて、そして最終的にわかったことがありましたので、ここでメモしようかと思います。

去年までは全くなかった共鳴が、鳴るよう変わってしまった。ということは、調律が悪かったと最初私は思っていました。

「くそー、あの調律師最低だ」

なーんて、すごく短絡ですが、そんな最悪の言葉が私の頭の中にも浮かんでいたのですが、そうではないことに改めて気づきました。

ネットの情報によるとメーカー、グランドピアノ、価格によらずピアノの共鳴はあるということなのです。

このことは何を意味するのか?

ハズレをひいた?

そーんな言葉も浮かびましたが、私は違うということを確信しました。

もちろん個体差もあることでしょう。

ですが、原因はやはり調律師を変えたことにあります。

しかし、その調律師が悪いわけではないのです。

1月の調律の際に、「まさかうちのアップライトからこんなにもピアノらしい音が出るなんて」というところまで、引き上げてくださった調律師さんです。

腕は、確かです。

ですが、そこで現時点で最高までに鳴るように、本格的な調律をしてしまったために、全体的な矯正が入っています。

本来あるべきピアノの調律、弦の両端の引っ張り力もいじっています。そんな状況での季節の変化、温度変化です。

おそらくですが、この共鳴は、音をよくしすぎたため、音量も大きくなりました、響も良くなりました。

そして、だからこそでです。

音量、音の良さが、今度は、共鳴として現れたということなのです。

小さな音では、共鳴しようと思ってもできるものではありません。そもそも音が小さかったら共鳴音も小さく気づかないことでしょう。

つまり、そこそこの調律師さんはピアノを調律した場合、音量が小さかったり、響きが豊かでないことが予想されます。そうすることで、共鳴を無意識に回避できているはずです。

そういう意味で、音が良くなかった、抑えていたからこそ今までは共鳴していなかったということは言えると思います。

いぜんの調律師さんは、共鳴も考慮してわざと音量を小さく、響も悪く調律している意見もあるかと思いますが、そんなことできるでしょうか?

共鳴は個体差です、やってみなければわからない世界でしょう。生のピアノだからこそ、木材の内側の繊維の構造で、共鳴の有無も変わるくらいやってみなければわからない。

だから、今回の調律師さんが悪いということはないと確信しました。

はい、きぶんはスッキリですが。目下、子供のピアノ練習には可哀想です。

次なる悩みは、季節が変わるまで待つか、再度調律して、フェルトの調整などで共鳴を消してもらうかです。

音を抑えて共鳴をなくすという方法ももちろんあると思いますが、そんなピアノで練習するのもどうかと思うと、子供がどうしたいかというところになります。

が、最近は、共鳴にも慣れてしまったようで、練習に支障がないなら季節が変わるのを待つか、、、という状況ですね。

ピアノの共鳴の悩み。これって、電子ピアノにはないでしょうから、今や贅沢な話なのかもしれませんね。

今回は、ここまで!それでは、また、お待ちしております!

いまさら気づく、ピアノコンクールは長期戦!

皆様、いかがお過ごしですか?

学校の終業式も終わり、桜も咲き始めて、いよいよ新学期の足音がし始めるそんな季節になりました。

私の職場では、自己都合で退社される方がおりましたが、大きな変化はあまりなさそうです。

さて、先週私達が参加していたピアノのコンサートでは、コンクールで入賞・入選をとった人のコンサートだったわけですが、そこで気になったことがあります。

それは、タイトルにある、ピアノコンクールは長期戦であるということです。

どういうことか!?

入賞者コンサートには、コンクールで3位だった私の息子よりも上位にいた方々も参加していました。

そして、私達ももちろん気にしていますから、どんな演奏をするか楽しみにしていました。

曲はおそらく、次回のコンクールの課題曲だろうと予想していました。

やはり実際、次の関東大会の曲を演奏していたんですね。

ですが、、、

ですが、どこか予選の時の鮮やかさが無かったんですね。

いかにも準備不足といったのを感じてしまう演奏となっていました。

確かに指は動いているのですが、曲の躍動がまったくなく、予選で観客を魅了した演奏になっていなかったんですね。

はて!?どうしてなのかと、私は考えていたのですが、今日ちょっと考えていて気づいた結論は、関東大会、やその先の本番を意識した練習をしていなかったのではないのか?という憶測です。

年に一度の予選に向けた練習というのは、1年かけて行うこともできます。

そうなると余裕を持って望めるわけですね。

ところが、予選の3ヵ月後の関東予選、そして、その3ヶ月後の本大会があるというのが、ピアノのコンクールの通常の流れであるわけです。

そうなると3ヶ月の間のなかで、曲を仕上げることが必須となります。

ところが、子供は、ピアノだけではなく学校行事をこなさなければいけません。

また、合唱や合奏のピアノも頼まれることもあります。

そういった中での3ヶ月で、多くの準備をした人が、本選でも力を発揮できるということになるわけです。

予選は通過できるけれども、そこから先の壁というのは、時間的にもあるということなのですね。

では、うちの息子の場合はどうだったかというと、予選の後は、練習曲2曲と学校行事での2曲を仕上げていました。

そして、コンサートの曲を並列してやって、先週のコンサートに望んだ状態です。

今回の完成度を見ると、うちの息子は予選こそ、まだ実力が伴っていないものの、曲の仕上げ方を見るに、平行での練習には、耐えうることを、すでにやっているので、今後、関東大会、本選、それぞれの3ヶ月で準備することは、特には問題ないと感じました。

とはいえ、そもそもの基礎力がまだ足らないからの予選3位というわけですから、後半年で、どれくらい伸ばせるかというところが、一番大事なのは変わりません。

もちろん、まず地区予選を突破することが、目標であれば、前回のコンクールで弾いた曲を再度練習するというやり方もできるのです。

同じ曲を2年かけて練習して、出場することも可能ではあります。

でも、おそらくそのやり方は、息子も望まないし、息子の先生も望まないでしょうね。

息子は、勝つためにピアノをやっているわけではなく、音楽が好きだからピアノをやっているし、そういう考え方を、ピアノの先生もしているようです。

実際、次はどんな曲をやろうかと、先生は探し始めてますから、明らかに勝つためではなく、成長の為の曲を選ぶ姿勢でいます。

 

通知表に「ピアノ」のコメント・・・

おはようございます。

夜かけなかったので、朝の投稿です。さて、記事にしたいピアノの生演奏動画も貯まってきているので、掲載したいところですが、そこまでの時間はないので、息子の話です。

最初に書いておきますが、親ばか話なので、付き合う必要はありません(笑

子供のころの通知表には先生からのコメント欄があります。

あったんですね、わたしも息子のを見て思い出しました。

そこにあったのは、一応学校での様子ではありますが、担任の先生が息子のピアノ伴奏に感動したという話

おぃおぃ・・・うれしいけど!? え? >_<;

何かができなかったのが、できるようになって、成長が見られるとか、こういったところは課題かなとか、そういうのが書かれるのが、普通な気がするんだけど、

先生感動した

は・・・びっくりですね。いや、そうじゃないけど、そう言っているコメントが詰まってました。

もちろん私達(=両親)は「親ばか」なので、そう思ってますが、担任の先生から褒められるのは、またちがった感情になります。

先生のところにも娘さんがいて、ピアノを習っているんだけど、ぜんぜんって話を奥さんにはしたことがあったようですが・・・

次学年でも期待してます

ってば、そうなんだけど、ピアノの道の厳しさ、収入の少なさを知っていると、簡単な話ではないんですけどね。ピアノを頑張るっていうのはね・・・

ただ、そこには、

清く美しい音のメロディーは確実にあります

私は典型的な日本のエコノミックアニマルにはなれないので、経済優先ではなく、息子のピアノに反対ではなく、むしろ、微笑ましく思っていますが、

お金優先なら、さっさとピアノは辞めて、お金になる勉強をしろとなる年頃になってきています。

まぁ、少し心配はしていますが、小学生のうちは全力で!!と私も思っているので、ピアノ大嫌いにならないなら、頑張って欲しいと私ももちろん思うところであります。

親以外に評価される息子って、すばらしいなと思います。

身近な人に、感動を与えるってのは、普通にすごいなと思います。

何よりもすごいと思います。

そして、私は親ばかです(笑

続・「ピアノの音色がキレイだよね」 どういうことか?

ピアノの音がキレイということは、どういうことなのか?という話は、今回が始めてではないので、続とタイトルに書きました。

皆さん、お元気ですか?私は、今ちょっと憂鬱です(笑)
ですが、そんなことは忘れて、ピアノの話に没頭したいと思います。

うちの息子は、

「ピアノの音色がキレイだよね」

と言われてきました。少し昔の話ですが、ものすごく指がまわる娘さんを抱えているお母さんからも、そういわれてきました。

その時の私は、

うちの息子はあまりピアノが上手じゃないから、キレイって言われている

と感じたものでした。本当にピアノが上手な娘さんですからね。まぁ、それくらいしか褒めるとこないんだろうなぁって思ったわけですね。

なんで、こんな話題を今日書いているのかといいますと、先日のコンサートで演奏した「千本桜」においても、楽屋裏で他の先生達に息子の出す音がキレイと言われていたことを、担当の先生に言われたからです。

これを聞いた奥様は、無駄に上機嫌ですが。。(君じゃなくて、息子の話なんだけど・・・)

さて、この「音色がキレイ」というテーマで、私はいろいろと分析というか、客観的に考えてきたので、その答えを今は持っています。

私は、息子のピアノを聴いていて、他の子供達に比べて音が小さいなと感じていました。特に、コンクールや、発表会では、顕著にそれを感じていました。

そこで、自宅での練習の際に、

「もっと強く弾けないの?」

と聴いてみたわけですね。息子に。そして、強く弾いてみて、息子は、不満を持っていたんですね。

そして、その時です。息子は、

音が汚いからやなんだよ

って言ったわけです。つまりです、音色を気にして普段から弾いている事実がこの瞬間に発覚したわけです。

息子は誰からか教わって、こうなったわけではなく、潜在的にそうなっていたわけですが、その理由も私はわかります。

息子は、少し神経質なんです。まぁ、よく言うと繊細。

何かひとつのことをいわれただけで、大げさに捉えたり、怖い幽霊の話などを聞いただけで、夜寝る際、怖くて電器を消せなくなってしまう。

そんなわけですね。悪く言えば、息子は臆病というわけです。

そういった性質があるから、ピアノの音にも敏感で、音のコントロールをしていたということです。

でも、よくよく考えてみると、この何かがキレイという感覚は、そもそもピアノの演奏だけではないんですね。

たとえば、毎日の挨拶もそうです。

とても元気に「おはようございます!!」というお子さんもいれば、少し恥ずかしそうに「おはようございます」という子供、照れくさそうに「おはよう」、

言いたくないけど、「おはようございます」。言えなくて、無言な子供もいます。

いろんな子供達がいます。

そんな何気ない挨拶からでも、私達は、いろんなことを感じますよね?

ピアノの音色もそれと同じことが言えると私は思うのですね。

とてもやさしい挨拶、とてもよい演奏、音色というのは、そのような繊細な部分が現れるというわけですね。

元気がいい子供は、元気なピアノの演奏をしそうですし、ピアノの演奏を聴くだけで、最近の私は、どことなく性格が見えるような気がします。多分、気のせいだと思いますが。

結論から言えば、「音がキレイ」と言われるのは、本当に、打楽器と言う性質もあるピアノにおいて、雑音を出すことも可能であるが、心地よい音を、絵檀で実際に出して演奏しているということです。

スタインウェイは、どんな音色も出せるから、すごいんだという意見をされているピアノのWEBサイトがありましたが、まさにそれで、同じピアノでも、演奏者が違うだけで、まったく印象が違うというのを、先日のコンサートでも私は目の当たりにしました。

ピアノの演奏においては、音色がキレイよりも、元気なピアノが好きな人もいるだろうし、音よりもリズムだったり、そもそもの楽曲の好みもあるものでから、ピアノの音色がキレイだからすばらしいということではなく、

音がキレイもピアノにおける一つの表現だということなんだ

と私は思います。キレイ=すごいというわけでも、もちろんないわけですね!

ということで、今回は私の感じている「ピアノの音がキレイ」の意味について、ブログの記事にしてみました。いかがでしたでしょうか。

おそらく人それぞれ、評価についていろんな感じ方があるし、実際にピアノの演奏がうまくないからきれいと言っているときもあると思いますが、何度も言われていたので、私は上の結論に至っているという状況です。

参考までに、読んでいただければ幸いです。それでは、今回はこの辺で。

コンサート 「千本桜」の出来は、まぁまぁでした!

このブログを読んでいただいているみなさま、いつもありがとうございます。

更新ができない日が続いていまして、すみません。久々に、記事を書かせていただきます。

昨日は、息子の入賞者コンサートということで、ちょっとした音楽コンサートに行ってきました。

いつもお世話になっている先生方の「本格的」な演奏もあり、有料ではあったのですが、正直最後には、納得のコンサートとなりました。

さて、親ばかながら、息子はどうだったかということを書きます。

今回は、競うコンペティション、コンクールではなく、コンサートでしたので、子供も意識的にリラックスして本番を迎えていました。

曲も、ピアノ練習の合間に、耳コピで弾いていた「千本桜」のきちんとした楽譜の、上級者バージョン。

練習機期間は、1ヶ月半くらいしかなかったのですが、今年1年間の成果であった、「トリルの克服」、「強弱の意識」、「間の取り方」の3つの成長が確実に見られた、演奏となっていました。

初めて聴いた人であれば、「ノーミス」だと感じる演奏に、仕上がっていたと思います。

いやぁ、息子ながら、良く頑張ったの演奏だったと思います。

息子が帰ってきた時「あの子だよ」というような話し声がちょっと聞こえていたので、ちょっとは他の親御さんの心にも響いていたのかもとも思います。

息子だけの演奏を収録する、5分、5000円弱もするようなブルーレイディスクの購入も最初はやめようとしていたのですが、演奏が良かったので帰りに申し込む次第でした・・・(馬鹿親です)

コンサート自体は、

年上の生徒の皆さんの演奏にもすばらしいものを感じたり、年下の生徒さんの弾く簡単な曲の演奏でも、この子はそもそものピアノのセンスを持っているなと感じさせるものなど、選ばれた子達というのは、やはりいるなと改めて感じたコンサートでもありました。

先生の演奏は、

私は普段、プロの音楽家、音大生の音楽をで聴くことはないのですが、先生の中でも、やる気のある先生の演奏でしたから、先生のピアノ発表には、本当に驚きました。

当たり前に、上手いわけですね。YouTubeで探す、上手な人以上の演奏であったと感じました。

私の息子の担当の先生は、声楽科出身ということで、歌を歌っていらっしゃいましたが、聴いたことのない、プロの発声に正直、息子も私達もびっくりしてましたね。

コンサートが終って、先生から息子に向け

「自分の出番以上に、息子の演奏の前に、どきどきしていた」とメールをいただきました。他の生徒さんがいる前では、なかなか出せない、息子への熱心な気持ちをいただいて、親としては凄く感謝するメールであったと感じました。

「息子のこれからの成長が楽しみです」と、先生からのメールにもありましたが、私も親ですから当然楽しみです。

来月から新しい学年に上がりますが、小学生のうちはいけるところまで頑張るという気持ちは、私も息子も同じなので、頑張っている活動の中で、とてもいい演奏会の一つになったと思います。

本日は短いながらこの辺で、ブログは終わりです、忙しくて更新はできていませんでしたが、ブログのネタは貯まっている状態(笑)なので、時間の取れるときに、また更新しますので、よろしければ今後ともよろしくお願いいたします。

子供はすごい!

親ばか的な記録となりそうですが、このテーマで書いてみようかと思いました。

今思い返してみると

才能

という言葉の意味をきちんと理解できるたかと言えば、これまではできなかったと言える。

これまでの、自分の理解では、「才能って言うのは誰にでも、何かしらある」だったんですが、そうではないときちんと理解ができるような経験となったんですね。

これまでの、私の自身の経験から見て

自分ができることは、できるけど、できないことは、できない。

自分が興味あることは、できるけど、やりたくないことは、できない。

そんな程度の理解でいたんです。

ところがです。その興味と言うのは、何か?という話になるのですが、才能のある人間というのは、なぜか、その物事への取り組み方が変わるんです。

たぶんそこは、心が大きく関与していると思うんですが。

心のパワーが違う。心とその物事のパイプがすごく太くなるという感じな気がするんです。

というところで、朝書ける時間は終ってしまったので、続きは、夜にでも・・・今日も仕事が長いので、、この辺か・・・

ピアノにまつわる情報サイト