ショパンが気になる理由・・・[Chopin Rondo in C minor Op.1]

私はショパンについてをテーマにブログを書いています。なんでかなぁという理由をあげると、ピアニストの憧れとか、国際音楽コンクールがとか、それも理由なのかもしれないのですが、明らかにひっかかった話があるんです。

Wikiに書かれているのですが、

ワルシャワ音楽院での3年間の修行を終えた彼は、ウィーンで華やかなデビューを果たす。彼は2回の演奏会を行い、多くの好意的な評価を得た。一方、彼のピアノからは「小さな音」しかでなかったという批判も散見された

この「小さな音しかでなかった」フレーズ、なぜかうちの息子も言えることなので、ひっかかるんですね。

息子がショパン様ほどの演奏能力があるとかではないんです。息子は「音が綺麗だ」って言われることがある一方で、私は「音が小さい」と感じていて、それを課題と思っているのです。しかし、ピアノの先生はむしろ教室では、大きすぎるからやさしくねとか言われるそうなんですね。

なんでだろう?

ここの逆転現象の理由を知りたいのが理由で、ひっかかってるんですね。

今の理解としては、大きな音というのは、たいへんわかりやすい。何をいっているかもよくわかる。そういう類のものです。

プレゼンテーションや会議では、大きい声が強いです。そして、わかりやすい。

しかし、芸術となってくるとどうなのでしょうか?

滝の音に興味を持つ人がいるとは思いますが、近くまで行って聞く大きな音には直ぐに飽きてうるさいと言ってしまうでしょうが、水のちょろちょろ流れる音、遠くに聞こえる海の音など、繊細で小さい音の方は、ずっと聴いていられるような心地よさがあったりします。

そのどちらを大事にしてピアノを弾いているのかが、コンサート会場のような場所では如実に現れるのではないか、と私は現在理解しているんですね。

繊細に濃い演奏をしようとすると、次の音次の音と次々に指を動かす必要性から、打鍵に一方向の力だけを注ぐことができない。そのために、はっきりとした音がでない。ぼやける。

小さい=何言っているかわからない。

そのようなことなのかもしれません。

内向型の性格の方が、実は深く考えているという理解が最近は深まっていますが、それにも通じる話だと思います。

私が、ショパンが気になる理由は「音が小さい」ということが、息子のピアノ演奏にも通じていたからということになるわけですね。

さて、私の話はここまでで、曲にすすみましょう。ショパンの作品について詳しく書かれているサイトがありましたので、私の理解も深まりました。

Chopin Rondo in C minor Op.1

ショパン自身が決意して最初に本格的に出版した曲

物事を新しく始める時には、迷いと葛藤、そして不慣れがある一方で、純粋という大変感動するものが含まれるものです。

ショパンの最初の作品が15歳とはちょっと意外ですが、それでいてすでにショパンらしさを感じるという曲だと私は感じました。作品として出すには自分はまだ未熟だと本人が思っていたら、出るわけは無いのですから、それを出した時点で、作曲家という人生が始まったということですね。

15歳作曲家デビュー。今でも天才レベルですよね!

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