- 中学校はそれでも義務教育
- 普段の生活では音楽に対する変化は見られない
- 学校行事に参加すると実は見える違い
前回は、上記のことについて書いてきましたので、ここからは前回の続きを書いていきたいと思います。
- 伸びしろを残したままの生活を許せるか?
- コンクールで勝つこと音楽家になることの違い?
- 成功した音楽家の練習は?
- 「厳しい・やめた方がいい」の声の裏側
- 大きく変わったことをあげると?
- どうやったら音楽を売れるようになるのか?
伸びしろを残したままの生活を許せるか?
テレビに出演するアスリートのトップやピアニストのトップは、小学生の頃からトップを常にとりつづけ、そしてプロになるというようなイメージがあります。
音楽中学校に通っているのなら、なおさらコンクールを意識した切羽詰まった毎日があるのではないか?そんな想像もありました。
しかし、そんなことは全くありません。
確かに毎日数時間の練習は必要になりますが、それ以外は授業をやったり、余暇を楽しんだり、普通の生活があります。
でも、そうでなければ、ブラック家庭になってしまうんじゃないかと、やはり最近思いました。
毎日10時間練習し、ピアノだけが詰まった生活を想像することもありましたが、過去のピアニストのエピソードを呼んでも、全員が毎日やれるわけではなかったようです。
ピアニストと言っても、そこには普通の生活があり人生があります。
厳しいピアニストの世界ですが、自分の生活を失うほどに練習をして、それでも慣れなかったら恨んでしまいます。ただでさえ、厳しいのだから、無理しすぎるのは、よくないと最近は感じるようになりました。
毎日限界まで練習するお子さんと、適度に力を抜いて余力を持って練習している子供とでは、どちらがいい音楽を生み出せるのかな?と考えたときに、正確な音楽は前者ですが、良い音楽となった場合には、後者な気がするのです。
コンクールで勝つこと音楽家になることの違い?
コンクールで勝つためには、楽譜をしっかり読み込み、不点、リズム、休符、速度、強弱すべてを体に覚え込ませて、正確に弾くことが求められます。
上級になればなるほど、一見上手に弾けたとしても、作曲者の意図通り弾けてなければ、NGとなるのがコンクールです。(ここが素人が白黒つけられない部分です)
しかし、正確に弾けるだけでは、どうやらプロの音楽家にはなれないことを、数々のピアニストが証明しているような気がします。
あなたには、どんなオリジナリティがあるの?
個性があるの?
何を表現したいの?
この誰もが答えられそうな質問に、きちんと答えられる経験を人生で積んだか、そうでないかは、ピアノの練習だけでは、創れないきがします。
クラシック音楽が成立した時代は、フランス革命があり、戦争があり、激動の時代だったと言えます。それを、ピアノの練習だけで、過ごした人間が、表現できるとは思えない部分があります。
確かに、ピアノ漬けの毎日、コンクールでの戦闘、親子と先生とのトリオ、様々な悪戦苦闘が、表現力の源になる気もしますが、それ以外の何かがなければ、やはり味のある音楽にはならないような気がします。
葡萄酒のように。
成功した音楽家の練習は?
先ほどの本のには、たくさんの音楽家のエピソードがのっていて大変楽しい本なのですが、面白いコラム的なものに、「練習魔のピアニストは?」というものがありました。
どうやら最大の練習魔の方は75年間にわたって毎日10時間だそうです。
47歳まで、実は誤魔化して演奏をしていた有名ピアニストのエピソードもあり、大変面白いお話が読める本です。
毎日10時間も練習したら指の神経が壊れてしまうのではないか?と私は感じますが、実際にそれをやってきているピアニストもいるので、仮にそれが可能というのであれば、もしかしたらピアニストになれるのかもしれません。
しかし、4時間程度で十分で、それ以上は体を壊すだけというピアニストの主張もありますから、この練習時間というのは、個人それぞれに任せられるものかと感じました。
さて、音楽中学校に通うピアノの練習量はというと、小学生の頃からは伸びたモノの、学校から帰ってくるのが19時だったりすることもあり、1時間~2時間というのが実態となっています。
進学コースの宿題や、ストレスの発散もしないと、生活が成り立ちませんから、私は仕方がないかなと感じています。
※ここから先については、また次回書きたいと思います。最終回の次回では、ピアノテクニックへの変化について、記載をさせていただこうと思います。