私自身について

ピアノのブログを書いている私については、あまり詳細に書いてこなかったけれども、たまには書いてみようかと思ってこれを書いている。

私は、学生時代バンド活動をしていた、ギターをやっていた、上手くはないけど、ボーカルもやっていた。そして、作曲もやった。

そんな音楽生活は、順風満帆なことはなく、週末は「バイトバイトバイト」、平日は学校が終ればバイトか練習で、たまにある休みはライブで、恋愛なんてそっちのけで、ミュージシャンになるんだという、勘違い野郎の生活をしていた。

音楽の専門学校の学費を自分で払うために、元旦からバイクでピザを配っていた時のことを、今でも思い出す。

もちろん、それでも結果的にミュージシャンになどなれず、普通の就職をして現在に至る。

大学時代は、電気を学んでいたので、行こうと思えば、電子楽器の開発の道もあったのだけれども、音楽への未練が復活するのをおそれ、きっぱり諦め、関係のないITを今もやっている。

しかしだ、音楽の呪縛からは逃れられないのか、結婚して子供ができると奥さんがなぜかリトミックを始めた。

気づくと子供がピアノをやっていた。

そして、私がほしいと願っていた絶対音感を持つ子供がそばにいた。

コンクールに最年少初出場で、賞にひっかかるような息子があらわれた。

私は仕事中心で子育てはあまり手伝ってこなかったのだが、音楽の呪縛なのだろうか、私が望んでいた才能、絶対音感を持ってピアノを弾く子が、気づけばすぐそばにいたのである。

今でも思い出すのは、19歳か20歳の頃に、両親に何が欲しいのか尋ねられたときに、才能が欲しいといったのを覚えている。

その才能というのは、まさにピアノの才能だった。

神様というのは、このような形で望みを叶えるのか、と最近は考える。

私が願ったものを10年以上も経ってから、諦めて忘れていたところに、息子という形で与えるのであるから。

はっきりいって、音楽の道の険しさはよくわかっている。特に商業音楽は、一時売れたとしても永遠には続かない。自分が最高だと思っても、聴いてくれる人がそう思ってはくれるものでもない。

けれど、今は息子にやれるだけ、がんばってもらいたいという気持ちでいる。

今やれることを精一杯やればいい。

これまで、私は子供のピアノに真剣に関与してこなかったけど、この半年ほどで、いろいろと言う親になってしまった。クラシックと、軽音楽はまったく違う部分もあるのだけれども、譜面は同じだ。

わかるところはわかるのであるから、つい口を出したくなるのである。

これが今現在の私である。

そして、今後どうなりたいのかということに関しておぼろげながら夢として現れているのは、ITと音楽を結びつけた、何かをやりたいということだ。

このブログもその一環ではある。

与えられたこと、目の前のことを、精一杯。だからこそ、今日は書ける自分のことを書いてみた。

いろんなことを諦めていた私自身の道も、新しく動き始めた気がする。

このブログは方向性も決まらず、進んでおりますが、読んで、何かしら感じてもらえたら、幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です