人生を楽しむコツ ~お金より大切なもの~

2018年11月24日に、私の実の母は天国に旅立ちました。

そこから一週間、親戚だけではなく、生前の母を慕う人達の訪問があり、母の知らなかった一面・学生時代や職場のエピソードを聞く機会もあり、通夜があり、葬式があり、人生の先輩方とたくさんのお話をすることができました。

いろんなことを感じたり、考えたり、泣いたり、いろいろありました。大変有意義な時間が、そこにはありました。

そんな中、今一度、人生に関し、実感として、理解できたことがいくつかありました。

そのことを今回は、書いてみたいと思います。

人生というのは本当にあっけなく終わる
やはりお金に価値はない
大切なものはお金では買えないばかりか、お金で評価できない
どんな人もかけがえのない資産を既に持っている
毎日を楽しもう!

人生というのは本当にあっけなく終わる

人生は50年だとか、平均年齢は76歳だとか、いろいろ言われていますが、個々の人の寿命というのがいつかなんて、自分でも本当にわかりません。

平均寿命が70年超と言われていても、30代や40代で亡くなる人、100歳まで生きれる人、それどころか4歳で亡くなる子供もいて、自分の寿命がどれほどかなんて、実は、だれも知ることなんてできません。

テレビの保険のコマーシャルや年金の話が、食卓の話題にでることが多いので、私達は、平均寿命まで生きれるなんて、思い込んでいますが、果たしてそれが自分に当てはまるのでしょうか?

昨年の11月、多忙な仕事の合間でとれた休暇のつかの間に、私は母と近くの公園の池の周りを一緒に一周散策したのを覚えています(上の写真がその時撮影したものです)。

この写真は、たった1年前のことです。あの時は、私の方が体調が悪く、「CTを明日撮るんだ」なんて言っていたのに、その1年後、先に逝ったのは、母の方でした

本当に信じられません。

やはりお金に価値はない

私の母がガンだとわかり、それがステージ4だとわかったとき、医者にできることは何もありませんでした。いくらお金を積もうが、何もしてあげれることはありませんでした。

治療することができないので入院することすらできませんでした。医療機関は治る病気でなければ、利用することができません。

そんなときに、母の価値ってどれくらいだったのか?と私は野暮なことを考えました。これまでに自分の母親の価値をお金で計算するなんてことは、しようと思ったことすらもありませんでしたが、そんな不謹慎な発想をしていたとき、ふと思い出したことがあります。

それは、

「大事なもの、大切なものは、お金では買えない」

今回の状況は、まさに、その通りだ。母の死で、まさにそれを強く実感しました。

自分の面倒を見てくれる両親、学校で叱ってくれる先生、毎日遊んでくれる友人、何気なく友達になるフレンド、フォロワーさん。

たくさん、たくさん、いろんな人が地球にはいて、偶然の縁があって、毎日があって、何気なく生きている中で、お金に換算することはないのだけれど、とても大切なものが、大事なものが、私達の周りには、たくさん、たくさんあります。

そのことに、改めて気づくことができました。

あたりまえのことは、実は、あたりまえでない。

急にすべてが、奇跡なんだと思えてきました。

子供を産めば、子供には、お金がかかります。けれど、それ以上の価値が、お金で計算できないような、意味が、そこには生まれます。

そうなんです。

そのことを、なんでもお金で計算しようとする現代社会は忘れてしまっています。忘れさせようと洗脳するがごとくです。

やはり、価値があるものは、お金ではないんです。

お金に価値があるなら、母の病気を回復させる方法だってあったはずですが、それは、不可能なことでした。

結局、生命をどうにかすることを、お金ができるわけではありません。医療機関は、助かるものであれば、そもそも助かる命を、いくらかのお金で手厚くサポートができるだけです。

大切なものはお金では買えないばかりか、お金で評価もできない

自分の両親。自分の親戚。学校の先生。仲良く過ごせる仲間、友達。何気ない挨拶。何気ない会話。何気ない人生。

気づけばそこにあるのに、価値なんて考えない当たり前の現実に、存在価値なんて考えもしない。お金に換算しない。それが私達の生活にいつもあります。

仕事に、会社に、生活に、支払いに追われ、経済活動を無理やりにでも実行させられ、経済成長率を毎日のように計算している、現代社会は、どうでもいいお金に翻弄させられすぎています。

資本主義とは、何なのでしょうね?

人を幸福にすることも、不幸にすることもできると思い込んでいる「お金」は、実は、幸せとは異なるベクトルにあるのではないでしょうか?

お金があれば幸せ?

それって、誰があなたに教えたんでしょうか?

お金に、価値があるなんて、誰が、私達に教えたのでしょうか?

本当に大事なものは、お金では買えないのに、誰が、お金が大事だと教えているのでしょうか?

どんな人もかけがえのない資産を既に持っている

・人生
・健康
・両親
・元気、やる気
・家族

大事なのもは、お金では買えない。それが、わかったときに見えてくるのは、本当に大事な、資産です。

そして、それは、結局、最後は、家族なのです。

本当にそうなのです。

私の母は、生前、常に言っていました

・今の社会はおかしい。人を人だと思っていないと。

・女の人を働かせるのはおかしい、子供を親が育てなくてどうすると。働かせ税金をとり、何も教えなくて、社会が狂うのは当然だ。

・男女という区別があるのに、男女を平等なんてなるはずはない。そもそも役割が違うのだと。

人生で大事なものは何か、本当は私達自信が、もっとよく理解し、考えるべきなのです。世間に騙されて、社会の奴隷にはなってはいけないのです。

毎日を楽しもう!

人生はいつ終わるかわからない、そんなことみーんな知ってます。生まれた時から、死に向かって続くのが人生というものです。

何度も書きますが、そーんなこと、みんな知ってます。よね。

けれど、目の前にある、仕事、退屈な作業、つまらない現場、そんなことで、毎日を、どこか浪費しちゃいがちです。

でも、そんなの、やめちゃったっていいんです。人生今日終わるかもしれないなら、退屈なことはやめちゃいませんか?

つまんないことをやってるなぁって感じるなら、辞めちゃって他のことを探した方が、前向きなんです。

今は、いろんなことができる社会になりました。つまらな仕事は、つまらない仕事をロボットにまかせようと頑張っている人たちがいるから、いずれあなたがやる必要は、なくなっちゃいます。

つまらないこと、たいくつなこと、やりたくないことで、今日を過ごしているなら、そんなの、すぐに辞めてしまいましょう!

何でも可能性がある、それは、今だからではなく、人類がこの世に誕生したときから、可能性は常にあるんです。

空を飛べるようになったり、宇宙にいくことができるようになったり、インターネットで知らない人と友達になったり、出会ったり、結婚したり!

いろーんなことが、既にできるようになっているんです。

できないことなんて、ないんです!

あなたが変わろうと思えば、世界は一瞬にして変わります。

疑ってますか?

疑ってたら、何もできません。できることを知ってください。

やろうと思えば、なんでもできる。元気があれば、なんでもできる。

そして、何かを捨てれば、何かが手に入ることを知ってください。

これは楽しいと思ったこと、やりたいと思ったこと、絶対楽しいはずと思ったこと、それは絶対にやるべきです。

人生はお金にコントロールされるべきではありません。

やったらやったことに対する知識、経験が手に入ります。知識と経験が手に入れば、それを人に伝えることができる。そして、それを人に伝えることだって、仕事になるんです。

あなたが経験したこと、それが、人類にとって有意義であること、それをうまく伝えることが、人類にとって有意義であること、それを理解してください。

大学教授じゃなくたって、ジャーナリストじゃなくたって、ただの一般人だって、あなたにしか経験できないことはたくさんあります。

あなたしか楽しみをみいだせないことたくさんあります。

誰かの意見や教科書、先輩や世間に言われるがままの世界ではなく、あなたが創り上げた本当の世界に、足を進めてみましょう!

きっと、世界がどれだけ楽しい場所だったかを再認識できるはずです!

さぁ、心の扉を開いてください!

ヒーローからのお手紙で、勉強が苦手な子供のモチベーションをアップさせましょう

うちには、小学校5年生になる息子がいるのですが、勉強も得意ではなく、運動も苦手体も小さく、特に特技もありません

そんな、正直言うと普通以下の息子なのですが、今日、前期の終わりということで通知表をもらってきたのですが、正直申し上げると、クラスでも最悪な方に入る成績でした。

いつも元気で、笑顔がかわいい、前向きな息子。だけど、とても成績は悪いんですね。その原因は、記憶の能力に問題があるようで、普通にやっても覚えられないようなんですね。

私自信は、ほとんど勉強をしなくても、勉強ができちゃうような子供だったので、なんでこの子は覚えられないんだろう!?という不思議なくらいできない。なんでだろう。怠けているのではないかと、何度も付き添って勉強するのですが、やはり、できないんですね。

そうこうするうちに、そもそもの脳力のハンディがあることがわかりました。

ただ、救いなのは、2年ほどの知識は遅れるのですが、小学校3年生の問題を解いてもらうと、答えられるということなんです。

これからのことを思うとかなり不安はありますが、同学年の子供たちに比べると遅いかもしれませんが、2年遅れでも、勉強ができるようになるのであれば、それは、それで、大きな励みとなります。

私は、時々、厳しく「勉強諦める?」と聞く時があるのですが、「いいや、諦めない」と力強く言ってくれます。

おなじ努力をしても、みにつかないもの人がいるということを、私は理解しました。それでも、頑張っている彼の姿を見ると、なんで神様は、能力が低い子供を産ませたりするんだろうと、憎みたくなることもあるのですが、神様が与えた試練、これも何か未来につながるだろうと、受け入れる私がいます。

そこで、そんな彼に、何かしらプレゼントしようという思いが湧いてきました。

でも、ベーブレードのおもちゃや、ゲームソフトでは、モノを喜ぶだけで、何かしらの影響をあたえるようなことにはなりません

そこで、いろいろ探したのですが、大好きなキャラクターからのメッセージカードはどうかと考えました。

ネットで探すと次のようなサービスがあることがわかりました。

小学校5年生の息子は、既に書いた通りまだ小学校3年生ぐらいの漢字しか読めませんので、ヒーローからのひらがなの手紙などが、合っているような気もしました。

これからも、勉強を頑張ってね。続けてね。

そういった意味のメッセージを、ヒーローを通じて子供に贈ろうとおもいます。

正直、中学受験や高校受験のタイミングでは、苦労することがみえているので、不安はあるのですが、このような励ましのメールで、少しでも頑張ってくれればいいなと思います。



子供を叱ってる自分の心理と観察者効果?

昨日、子供を叱ってしまった

怒りたくはないんだけど、体が勝手に叱ってしまった

なんでそう考えるかというと、私の本心は怒りたくないのに、怒っている体を眺めている感じで、怒っていたからだ

感覚的には、自分じゃない誰かが憑依して、叱っている感じである

冷静に考えている脳というか魂がある一方で、反射的に叱っている身体を眺めている

そんな感じだった

怒った理由は、共働きの親がいないことをいいことに、だらだら宿題をやって遊んでいた子供の姿にちょっと不安を考え始めたところだった気がする

子供のことを考えてという建前があるが、それよりも、親がいないと、こういう行動、親がいるとこういう行動、という分岐があることが、心配だったからだと思う

人生という道においては、何か観察者がいるわけではない、だから観察者がいないことで振る舞いが変わるようでは、心配なのである

でも嫌われたくないから、怒りたくない気持ちもある 起こった後でしょんぼりした子供達を見たくはない

けど体が勝手に怒っているのである

でもでも、冷静に考える私がいる

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E5%AF%9F%E8%80%85%E5%8A%B9%E6%9E%9C

上のWikiを読んでもらうとよいと思いますが、科学における、観察者効果があるように、観察者、今回の場合は、親がいないことで、振る舞いが変わることは、宇宙の法則的にノーマルのことなのではないか

親がいないから振る舞いが変わった、その先に、親がいなくても、気づかれると怒られるから、つまり、結局は観測者の存在があるから、子供は振る舞いが変わるのではないか

それは、私自身もそうではないか

学生から仕事まで、これをやらないとこうなっちゃうな、あーなっちゃうなと、検察者を意識することで、結果が変わってしまう

もしかしたら、そんな単純なことが、光にまで影響しているという話なのではないか

だとすると、モノにしか魂がないという先入観、生物には魂があるという先入観もすべて誤りで、結局すべてのものに何らかの魂や意思と呼べる存在が宿っているような気がしてならない

2017年のご挨拶

あけましておめでとうございます

いやぁ、前回の記事からこのブログは半年も過ぎてしまっていますね。キャンプに行くことも減ってしまって、釣りもいかなくなりましたからね、記事を更新することなくというところですね。

じゃあ、昨年は何をやっていたか?ということなのですが、もっぱら体の健康を取り戻すことに専念していました。いつからだったかわからないのですが、いわゆる副鼻腔炎(蓄膿症)があって頭痛がときたまあったのですが、その頭痛のせいで、歯が死んでいることに気づかず、気づいたら体が毎日しびれているというところまできていたのに、これは過労と年齢のせいだろうと、誤解していたんですね。

歯の治療にも大学病院までいっていたのですが、膿が溜まっていたのですが、それもすぐに発見されなくて、おかしいからここが怪しいと、私が指摘した上でようやく、歯が死んでいて、膿が溜まっていたことが見つかり、まだ、歯医者は通っています。

健康診断では、リウマチ疑いが出ていたし、かなり、もうやばいかと思っていたのですが、気づくと、歯が死んでたという原因がわかったところで、気持ちも楽になり、うつ病のような状態からも開放されたのが、2016年でした。じゃあ、今は元気かというと、寒冷アレルギーというのが、そもそもあったようで、寒いところにいると、鼻炎、喉の痛みに悩まされているので、早く春よ来いといった状態なんですね。

とまぁ、健康な人なら上のような話は、どうでもいいかと思いますが、健康ではない方なら、つらさが理解してもらえるかと思いますが、元気というのは、何よりも大事な資産だと思います。

さて、話を元に戻していきまして、2017年の今年、キャンプ、釣り、このあたりどう考えているかというと、この記事を書いている今は、ノープランですね。

たいていのキャンプ道具は揃っているし、そもそも料理は毎日やっているので、キャンプグッズでそろえる必要もなく、釣りは、そうですね、釣りは、ありますね、やりたいこと。

船をチャーターしてのルアーフィッシングをやってみたいですね。

キャンプに関しては、道具とか何よりもですね、よい場所でしょうね。寝るにも最高で、景色も最高で、心地よい場所、そんな場所を見つけたいですね。以前は、山梨あたりにも行っていたわけですが、中央道を使うと半日は車の中なので最近は秩父がメインとなっていたわけですね。でも、秩父もいくつかいったのですが、あそこが絶対一番というようなのは見つかっておらず、他の地域に、私の楽園をみつけたいところです。

キャンプは、季節によって、場所を変えることが、ポイントのような気がしています。

さて、何よりも一番頭にあることをお伝えしておこうかと思います。それは、息子のピアノです。いまのところピアノの先生になることが、目標になっているようですが、演奏家としてのチャレンジとして、コンクールにも出ているんですね。今年は、予選を見事とっぱして、着実にレベルアップを図っています。こちらの、チャレンジの応援として、ピアノスタジオに付き添ったりといろいろと、活動しているんですね。

もう未来が見えてきた親父よりも、未来が輝く息子というわけですね

ということで、昨年からつくり始めているピアノのページも掲載しておきます。ピアノに興味があれば訪問くださいね。

http://chigyo.com/piano/

手作り感満載の、このページですが、必要に応じて、リフォームすることもあるかもしれませんので、気に入った話があれば、読んでいただければ幸いです。

今年もよろしくおねがいします

千本桜のピアノ演奏のご紹介

このブログを読んでくれている皆様、真にありがとうございます。

私の思いを書き綴る。だからこその「荒さ」があちこちにあり、読みづらいのは私は認識していますが、それを招致の上で公開しているこのブログ。私の思いの鮮度を優先してきたからこその「荒さ」なので、それでも、読んでいる方がいることには、深い感謝を持っています。

本当にありがとうございます。

さて、話題はタイトルのテーマに戻りまして、ピアノ演奏のご紹介です。

縁あって友人のお子さんのピアノ演奏をYouTubeで見ることがありまして、このブログでも宣伝?というか、普通に紹介しようと思ったわけですね。

上手なピアニストは数多くYouTubeにアップロードされていて、この演奏はそこでは埋もれてしまっていますが、実際にピアノを弾ける子供ってのは少ないわけで、ピアノの発表会に足を運んだ私からすると、とても良い演奏だなぁと思ったわけです。

練習不足な子が多い中で、なかなかがんばっていたので、ここで紹介させてください。

「2分の1」成人式 ってなんですか!?

小学校4年生の息子がいるのですが、学校で「2分の1」成人式というのをやるそうです。

私が子供の頃は、そんな行事はなかったので、いまいちピンとこなかったのですが、親子のお祝いとなり、感動をする会のようです。

二十歳の成人式というと、良い話より、悪いイメージの話が多い気がしますが、10才の頃はまだ親の言う事を聞きますから、良い会になるのは、当たり前な気もします。

が、うまくいっていない家庭もあるので、一様に祝うことが難しいという批判もつきまとっているようですね。人間の中で一番の強い感情は「嫉妬」ということなので、祝いの会を妬むというのは、人間の社会では、永遠に続くのでしょう。

さて、そんな「2分の1」成人式ですが、Chigyo Piano でも書いていますが、息子がピアノ伴奏の担当になりました。ということで、一昨日から急に「10才のありがとう」という曲の練習を始めました。

で、この曲、やばいんです。合唱の練習曲なんですが、うちの息子は歌いながら練習するものですから、歌詞が心に刺さる。卒業やお別れを連想するようなメロディーと歌詞なので、本当にずるいですね(笑)

ただ、自宅で歌われると、本番で涙を流すことには、免疫ができるので、ある意味良いかもしれません。

20歳を過ぎると親への感謝を強制されることはありませんので、10歳で一度、生きることの意味を感じるこのような会を経験することは、いいことだと思いました。

NAVERの記事

http://matome.naver.jp/odai/2139384473654945701

私の奥さんの弟は離婚して、再婚して1年生の子供がいますが、そういった家庭にもこの成人式は平等に訪れます。それでも、子供を育てている皆さんは、自分へのお祝いなります。

マスコミの作った常識にとらわれず、こう言った行事は草の根でほのぼのと始まり続いていくことが理想ですね。