人生は今日終わってもおかしくない-今日もやりたいことをやらなくてはダメな理由-

  • 死は突然やってくる(やりたいことは今日やるべき)
  • やりたいことが今日できなくても、それに向けた今日できることがやりたいことになる
  • 人間はやりたいことしか最後は続かない
  • 明日があると思って生きていたら後悔する
  • お金と人生には相関関係がない
  • お金がなくてもたいていのことができる社会が既にあることを理解しよう

死は突然やってくる(やりたいことは今日やるべき)

あなたは何歳くらいで死ぬと思っていますか?

両親が生きてるから、そんなの考えたこともない。

死んだ人なんて聞いたことないし?

近所で葬式やってるの見たことないよ!?

本来は、赤ちゃんが生まれるように、日常的に見えてもいい人の死ですが、家族葬で規模が小さくなり、また、孤独死で淡々と処理される死が増えてることもあり、日常的に死が見えることが、だいぶ減った気がします。

テレビでも、死亡が確認されたという表現は既に過去の言葉となり、最近は心肺停止の状態で発見されたということが、通常使われる言葉になりました。

また、漫画やアニメ、ゲームの世界では、当たり前のようにキャラクターが復活しますから、死というのは、非日常であり、本当にあるかどうかもわからない状態で、多くの若い人は生きていると思います。

しかし、私は子供の頃から死というのは日常にあるものだというエピソードが少なからずあったことを覚えています。

  • 4歳で死ぬ人がいた
  • 小学校で弟の同級生がやけどで死んだ
  • 社会人で死ぬ人がいた
  • 30代の親戚が突然亡くなった
  • 母親は60代で死んだ

食べ物で人が死ぬ

親の車で祖母の家に送られてから小学校に通う生活をしていました。 私はテレビだったかラジオだったかで、ある日、パンを食べていて窒息して人が死んだニュースを聞きました。さらには、おもちをのどに詰まらせて死んでいく人のニュースを聞きました。

食べ物を食べるだけで人が死ぬという現象をニュースから聞いたのです。

食べ物で人が死ぬ。小学生の私にとっては衝撃的な話でした、安全に食べている食べ物で人が死ぬ。そんなのありえない、かんがえられないのに、そんなもので人が死ぬ。

それを始めて聞いた時、次の日から食べ物を飲み込むのが苦手になりました。

オフロに入っていて人が死ぬ

毎日のように入るオフロですが、ある日、弟の同級生がオフロに入っていて死んだという話を聞きました。

今のように湯沸かし器の設定温度が決まっている時代ではなかった昭和の話です。60度から80度のお湯に、小学生が入ってしまったのだろうと思います。

全身やけどで、その同級生は死にました。

昔のお風呂は、50度くらいまでは簡単に上昇していた気がします。寒い冬に気を使ったから起きた事件だったかもしれません。

このように事件・事故を見ようと思えば、たくさんある死。私たちは、自分の死が来るなんて考えることなく生活しています。

しかし、死は突然やってきます。

やりたいことが今日できなくても、それに向けた今日できることがやりたいことになる

やりたいことが、ハワイに行くということだったとします。でも、今日は仕事があり、スケジュールが詰まっていて、無理だとしても、心はハワイに行くこともできます。

仕事をできるだけ短時間で終わらせ、余った時間を、ハワイの情報を集めたり、ハワイの動画をみたり、ハワイの音楽を聴いたりすることができます。

もっと言うと、日本にあるハワイ風レストランやショップにいくことで、ハワイに行く気分を味わうことができます。

このようにやろうと思えば、既にやりたいことがどんどんできるようになる。それが今の社会のメリットです。

それでも、まだ、ハワイに行ってはいないわけですが、モチベーションが上がって、仕事もはかどるというものです。

やりたいことがあるけど、やらないというのなら、それはあなたが望んでいることではないでしょうか。

例えば50歳になったら、イタリアに行くという目標を立てたとして、あなたが30歳だとすると、いま、あなたは、イタリアには行きたくない。これが現実です。

今はやりたくないのです。だから、やらない。

つまり、行かないことをやりたいこととして、今日もやっているわけで、それがハッピーな日常につながっているとも言えます。

人間はやりたいことしか最後は続かない

※ここから先は、また別の機会にお話ししましょう。閲覧ありがとうございました。

少子化の今こそ、借金してでも子供をたくさん産んだ人が勝つ時代が来ます

  • お金は人間に付帯する道具である
  • みんなに子供がいないからこそ子供に価値が生まれる
  • 子供を産みしっかり育てた人が勝ち組の時代が来る
  • 子供がいない未来に、未来があるわけがない
  • 結局お金を使うのは人間
  • 生き残った人が使う権利がある
  • 昔から子宝という言葉に間違いはない
  • 考えれば行動できる
  • 解決策はある
  • お金に価値があるのではなく、人に価値がある
  • 現代人・老人たちの虚言

少子高齢化社会になってしまった日本。将来的に立ち行かなくなると言われて久しいですが、まだ、どうにかなっています。

がしかし、問題は探すことなく、山積みで、今後どんな未来が待ち受けているか誰もわからない、超先進の高齢化社会が到来すると言われています。

さて、そんな中、私達は、どうしたらいいのでしょうか?

今回はそんな少子化をテーマに記事を書いていきたいと思います。

お金は人間に付帯する道具である

お金がないから子供を育てられない、だから子供を産まない。苦しい未来しか予想できないから、子供をうまない。

そんなことを言う人が、バブル崩壊以降多かったという印象が私にはあります。大学の友人たちも、皆同様にそのようなことを言っていた記憶があります。

子供よりも目先のマネーにだけ注目していた、金の亡者が日本にたくさんいたということです。

が、はたして、子供のいないこれからの未来は、子供がいないことで、苦しくない時代になるのでしょうか?

え!?そうなる?本当ですか?

そんなことないですよね。

少子化で、苦しくなるって、みんな言ってます。

また、だまされちゃってませんでしたか?世間に?否、メディアに。

そもそもお金とは何か、皆さんは理解しているのでしょうか?

あなたは、なぜ、お金を手に入れるために働いているのでしょうか?

税金を支払うため?

そうではありませんよね、生活だったり、娯楽だったり、趣味だったり、様々なJOYのために働いているんだと思います。

その時間を奪う、子育て。だからこそ、子供を産まなかった人、多かったんじゃないですか?

そんな、お金について、まずは理解をしましょう。

お金は何のために持っているかわかりますか?

答えを、ズバリ、答えましょう。それは、労働力の源となるからです。

どういうことでしょうか?労働力の源?

私達は、仕事をします、するとお金がもらえます。しかし、仕事をしないとお金をもらえません。そして、お金を払った人は、仕事もしてもらえません。

つまり

お金=仕事

という図式が成り立っています。正確には、そこに、各種税金や何かの利用料が発生しますが、基本的には、仕事とお金の交換がお金を通じて実行できるのです。

仕事がなければ、人は働けません。お金がもらえないなら、人は働きません。

少子化の問題とは、お金の価値も下がる問題なのです。

それも日本円に特化する可能性がありますね。

むすび

今回のようなテーマで、子供を産むことが、いかに大事かということを書いて行きたいと思います。

子供を育てることが大変であり、男女平等にし、一部の人が瞬間的に儲かる仕組みを構築したことが、少子化などの問題の根本にあることを、私達は知らなければいけません。

継続して記事にしていきたいと思います。

人生を楽しむコツ ~お金より大切なもの~

2018年11月24日に、私の実の母は天国に旅立ちました。

そこから一週間、親戚だけではなく、生前の母を慕う人達の訪問があり、母の知らなかった一面・学生時代や職場のエピソードを聞く機会もあり、通夜があり、葬式があり、人生の先輩方とたくさんのお話をすることができました。

いろんなことを感じたり、考えたり、泣いたり、いろいろありました。大変有意義な時間が、そこにはありました。

そんな中、今一度、人生に関し、実感として、理解できたことがいくつかありました。

そのことを今回は、書いてみたいと思います。

人生というのは本当にあっけなく終わる
やはりお金に価値はない
大切なものはお金では買えないばかりか、お金で評価できない
どんな人もかけがえのない資産を既に持っている
毎日を楽しもう!

人生というのは本当にあっけなく終わる

人生は50年だとか、平均年齢は76歳だとか、いろいろ言われていますが、個々の人の寿命というのがいつかなんて、自分でも本当にわかりません。

平均寿命が70年超と言われていても、30代や40代で亡くなる人、100歳まで生きれる人、それどころか4歳で亡くなる子供もいて、自分の寿命がどれほどかなんて、実は、だれも知ることなんてできません。

テレビの保険のコマーシャルや年金の話が、食卓の話題にでることが多いので、私達は、平均寿命まで生きれるなんて、思い込んでいますが、果たしてそれが自分に当てはまるのでしょうか?

昨年の11月、多忙な仕事の合間でとれた休暇のつかの間に、私は母と近くの公園の池の周りを一緒に一周散策したのを覚えています(上の写真がその時撮影したものです)。

この写真は、たった1年前のことです。あの時は、私の方が体調が悪く、「CTを明日撮るんだ」なんて言っていたのに、その1年後、先に逝ったのは、母の方でした

本当に信じられません。

やはりお金に価値はない

私の母がガンだとわかり、それがステージ4だとわかったとき、医者にできることは何もありませんでした。いくらお金を積もうが、何もしてあげれることはありませんでした。

治療することができないので入院することすらできませんでした。医療機関は治る病気でなければ、利用することができません。

そんなときに、母の価値ってどれくらいだったのか?と私は野暮なことを考えました。これまでに自分の母親の価値をお金で計算するなんてことは、しようと思ったことすらもありませんでしたが、そんな不謹慎な発想をしていたとき、ふと思い出したことがあります。

それは、

「大事なもの、大切なものは、お金では買えない」

今回の状況は、まさに、その通りだ。母の死で、まさにそれを強く実感しました。

自分の面倒を見てくれる両親、学校で叱ってくれる先生、毎日遊んでくれる友人、何気なく友達になるフレンド、フォロワーさん。

たくさん、たくさん、いろんな人が地球にはいて、偶然の縁があって、毎日があって、何気なく生きている中で、お金に換算することはないのだけれど、とても大切なものが、大事なものが、私達の周りには、たくさん、たくさんあります。

そのことに、改めて気づくことができました。

あたりまえのことは、実は、あたりまえでない。

急にすべてが、奇跡なんだと思えてきました。

子供を産めば、子供には、お金がかかります。けれど、それ以上の価値が、お金で計算できないような、意味が、そこには生まれます。

そうなんです。

そのことを、なんでもお金で計算しようとする現代社会は忘れてしまっています。忘れさせようと洗脳するがごとくです。

やはり、価値があるものは、お金ではないんです。

お金に価値があるなら、母の病気を回復させる方法だってあったはずですが、それは、不可能なことでした。

結局、生命をどうにかすることを、お金ができるわけではありません。医療機関は、助かるものであれば、そもそも助かる命を、いくらかのお金で手厚くサポートができるだけです。

大切なものはお金では買えないばかりか、お金で評価もできない

自分の両親。自分の親戚。学校の先生。仲良く過ごせる仲間、友達。何気ない挨拶。何気ない会話。何気ない人生。

気づけばそこにあるのに、価値なんて考えない当たり前の現実に、存在価値なんて考えもしない。お金に換算しない。それが私達の生活にいつもあります。

仕事に、会社に、生活に、支払いに追われ、経済活動を無理やりにでも実行させられ、経済成長率を毎日のように計算している、現代社会は、どうでもいいお金に翻弄させられすぎています。

資本主義とは、何なのでしょうね?

人を幸福にすることも、不幸にすることもできると思い込んでいる「お金」は、実は、幸せとは異なるベクトルにあるのではないでしょうか?

お金があれば幸せ?

それって、誰があなたに教えたんでしょうか?

お金に、価値があるなんて、誰が、私達に教えたのでしょうか?

本当に大事なものは、お金では買えないのに、誰が、お金が大事だと教えているのでしょうか?

どんな人もかけがえのない資産を既に持っている

・人生
・健康
・両親
・元気、やる気
・家族

大事なのもは、お金では買えない。それが、わかったときに見えてくるのは、本当に大事な、資産です。

そして、それは、結局、最後は、家族なのです。

本当にそうなのです。

私の母は、生前、常に言っていました

・今の社会はおかしい。人を人だと思っていないと。

・女の人を働かせるのはおかしい、子供を親が育てなくてどうすると。働かせ税金をとり、何も教えなくて、社会が狂うのは当然だ。

・男女という区別があるのに、男女を平等なんてなるはずはない。そもそも役割が違うのだと。

人生で大事なものは何か、本当は私達自信が、もっとよく理解し、考えるべきなのです。世間に騙されて、社会の奴隷にはなってはいけないのです。

毎日を楽しもう!

人生はいつ終わるかわからない、そんなことみーんな知ってます。生まれた時から、死に向かって続くのが人生というものです。

何度も書きますが、そーんなこと、みんな知ってます。よね。

けれど、目の前にある、仕事、退屈な作業、つまらない現場、そんなことで、毎日を、どこか浪費しちゃいがちです。

でも、そんなの、やめちゃったっていいんです。人生今日終わるかもしれないなら、退屈なことはやめちゃいませんか?

つまんないことをやってるなぁって感じるなら、辞めちゃって他のことを探した方が、前向きなんです。

今は、いろんなことができる社会になりました。つまらな仕事は、つまらない仕事をロボットにまかせようと頑張っている人たちがいるから、いずれあなたがやる必要は、なくなっちゃいます。

つまらないこと、たいくつなこと、やりたくないことで、今日を過ごしているなら、そんなの、すぐに辞めてしまいましょう!

何でも可能性がある、それは、今だからではなく、人類がこの世に誕生したときから、可能性は常にあるんです。

空を飛べるようになったり、宇宙にいくことができるようになったり、インターネットで知らない人と友達になったり、出会ったり、結婚したり!

いろーんなことが、既にできるようになっているんです。

できないことなんて、ないんです!

あなたが変わろうと思えば、世界は一瞬にして変わります。

疑ってますか?

疑ってたら、何もできません。できることを知ってください。

やろうと思えば、なんでもできる。元気があれば、なんでもできる。

そして、何かを捨てれば、何かが手に入ることを知ってください。

これは楽しいと思ったこと、やりたいと思ったこと、絶対楽しいはずと思ったこと、それは絶対にやるべきです。

人生はお金にコントロールされるべきではありません。

やったらやったことに対する知識、経験が手に入ります。知識と経験が手に入れば、それを人に伝えることができる。そして、それを人に伝えることだって、仕事になるんです。

あなたが経験したこと、それが、人類にとって有意義であること、それをうまく伝えることが、人類にとって有意義であること、それを理解してください。

大学教授じゃなくたって、ジャーナリストじゃなくたって、ただの一般人だって、あなたにしか経験できないことはたくさんあります。

あなたしか楽しみをみいだせないことたくさんあります。

誰かの意見や教科書、先輩や世間に言われるがままの世界ではなく、あなたが創り上げた本当の世界に、足を進めてみましょう!

きっと、世界がどれだけ楽しい場所だったかを再認識できるはずです!

さぁ、心の扉を開いてください!