他人の意見を尊重することがいいとされる社会のうそ

「他人の意見を尊重しよう」そんな言葉があったことを私は、覚えています。小学校だったか、中学校だったか、昭和の時代には、そんな言葉が普通にあった気がします。

その意図としては、みんなの意見を取り入れれば、良い考えが集まり、世界がより良い世界になっていくという理想だったと思います。

そんなことを教えられていたような気がします。(ある意味、洗脳ですが・・・)

でも、社会人として十年以上働いた後の今の私からすると、それは、間違った教育ではないかと主張することができます。

今の社会は、言ったもん勝ちの世界になってしまいました。

他人の意見を意識した瞬間に、自分の思考が止まるなどしたら負けです。

如何に相手の意見が劣り、自分の意見が正しいかを考え続けるのが正解です。

相手の立場に立って考えた瞬間にスキが生まれ負けます

相手のことを考える余裕がない時代が到来している

既に日本は、日本ではない。そのように私は感じています。

もし、同じように相手のことを考える人間が集まったら、「相手の意見を尊重する」社会が成立したかもしれません。

しかし、二ホンはそうなりませんでした。外来種によって開国を迫られ、日本の教育はすべて覆され、教科書は燃やされ、江戸に開花したであろう平和の文化・生活は、もろくも消えてなくなる、家畜社会ができあがりました。

いがみ合うことが日常のような、勝ち負けばかりになってしまったこの社会において、他人の意見は蹴落とすべきものになり果ててしまっているのです。

それが、世界基準のスタンダードです。日本は劣化することで、世界標準になっているわけです。

そんな社会がまかり通っているからこその、うつ病ということだと、私は理解しています。

学校に教わったことを真に受けたら負けるのが今の社会なのですから。

劣化した二ホン社会

日本と二ホンを分けて考えなければいけないと考える時があります。

従来の日本を日本と呼び、新しい日本を二ホンと呼称したい。そのくらいの差が今の二ホンにはあります。

もちろんそんな二ホンで私は生きていきたくないし、存在もして欲しくないのですが、現実的にそのような二ホンが創り上げられてしまったので、残念ながらそれに対応した生き方をしなければなりません。

うつ病とは二ホンに対応できないから起きる病気

人と人とがお互いを尊重し合い、お互いの苦労をねぎらい、限りある資源を維持しながら努力でみんなが頑張る世界の日本はありません。

資本主義、グローバリズムで、奴隷制度が今だに続き、相手をいかに支配して、お金を巻き上げるか、それが主流の社会となっています。

つまり、世界大戦前と同じ、奴隷を作るシステムが、資本主義であり、株式であるわけです。

古来より続く日本では、「他人の意見を尊重しよう」という相手を思いやる言葉は、価値のある言葉でしたが、「他人は、服従させるために存在する」グローバルでは通用しません。

ルールが違うのです。

私の時代は、社会人になって、就職した瞬間に、日本文化が消える時代でしたが、最近の子供たちは、大学生、高校生、中学生のどこかのタイミングで、日本文化が消えた世界に入り込みます。

そこでは、学級崩壊があったり、不登校・差別・区別。世の中の動きと連動した、崩壊が見つかるのでしょう。

うつ病になったとき、社会の違和感を理解しよう

私はうつ病になったとき、上記のような二ホン社会の変化が背景にあることを意識しました。このブログを読んでいる方が、そのような印象を受けるかはわかりませんが、私は強く意識しました。

学校で習ったこと、団塊の世代の両親が信じていること、そのようなものは一切通用しない社会ができあがっていたからこそ、そこでうまく振舞えない自分が、うつ病として、無限ループに陥ったのです。

誰かが助けてくれる、私が思いやったように、誰かに親切にしていれば困ったときに助けてもらえる、そのようなことは、ありません。

ないことはありませんが、最前線にいけばいくほど、ほとんど、思いやりがなくなっています。

既に書いた通り、他人のことを考えて、思考停止になっているようでは、勝てないのです。

仕事の内容は自分で決められない

ㇾ 学校が教えることと職場が求めているもの

ㇾ やりたいことができない現実
(自分の適性と他人の適性)

ㇾ 管理職はロボットを管理しているに等しい
(誰も個人を見ていない)

ㇾ 使い捨ての東京村社会
(サラリーマンは使用人)

ㇾ そこに価値があるか?

学校が教えることと職場が求めているもの

両親が学校に教育費を支払い、学校が教えてくれることが、この日本社会には存在します。また、それとは真逆の、職場が教えてくれることが、この日本社会に存在ます。

その違いを一言で言えば、理想と現実。

あるいは、過去と現在。

そういったところでしょうか?

日本の学生は、義務教育に強制的に参加し、ある年齢になると、学校での進路指導が始まり、勉強だけだった学校から、就職して働くということに向けた指導を受けて働きだします。

一見、教育と就職には関連があるのではないか?と感じられますが、しかし、そこに関連性がほとんどありません。

学生時代には、学校が勧めた就職先に、学校で学んだことが活かせる場所があるだろうと考えるものですが、そのような場所は基本的にはありません。

会社というのは、利益を求める場所であり、そのために必要なことをやらなければいけません。正社員となると、確実に、どんなことでこなさなければいけないことになります。

個性を大事にする、個人を尊重すると、会社は言いますが、そんなことは、言っているだけであり、職場は学校ではないのですから、そんなことは理想論でしかありません。

会社が求めているのは、成果、納期、そして、売り上げです。

それ以上でもそれ以下でもありません。

利益を得るために人力が必要だからこそ、企業は社員を求めているだけです。人間ではなく、ロボットに任せた方が良い仕事は、ロボットに任せられています。外国から買った方が安い仕事は、外国から買います。

それが、会社という場所です。

私は、その現実を、学生の頃から理解していましたし、ビジネスとは、お金を手に入れる、戦争の変りにやっている、代理戦争のようなものだと感じていましたので、これについては仕方がないと感じていました。

でも、この割り切りを、割り切れていなかったことが、鬱になった後でわかりました。

やりたいことができない現実

私はこういう働き方がしたいなんて、夢を見ている学生さんは、学校がそのようなコマーシャルで生徒を募集しているので、だまされたまま学校に入学してしまいます。

しかし、やりたいことが、できる場所は、基本的に探してもありません。自分で作るモノなのです。

よく転職の理由で、やりたいことができないということが挙げられていますが、やりたいことをやるには、やりたいことができる環境を作らない限り、無理なのです。

誰かが、これをやってくれる人いないかな?と人探しているからこそ、仕事があるわけで、そのタイミング、場所にあなたが、マッチすることなんてほとんどあり得ません。

なので、やりたいことができる職場は、基本的にはありません。

やりたいことに似ている仕事をやりたいことに近い仕事だからとやるのが大半です。

私は、やりたいことが、会社ではできないことを理解して就職しました。就職の氷河期といわれた2000年前後の就職だったため、募集がある仕事の中から、選んだのでした。

完全に割り切って働き始めました。

でも、この割り切りも、鬱になった後で、無理をしていたことに気づきます。

管理職はロボットを管理しているに等しい

会社の管理職になると、人望も厚く、皆からも尊敬された、立派な人物なのではないかと、学生の頃は思っていたのですが、現実はまったく違いました。

売り上げのため、利益のため、会社に貢献するために、最高の動きをするロボットが管理職であり、人である必要はありません。

人が会社を休めば、理由によらずどうにかして、穴を埋め、納期に間に合わせる。使えない人間は、排除する。時には、自分が、土曜日だろうが、日曜日だろうが、出社して穴を埋める。

人を育てることもあるが、基本的には、育つ人間だけ育てる。

それが、会社という場所で望まれる管理職の王道パターンです。

私は、会社に就職して間もなく、職場の管理職の異常さを感じました。管理職には絶対になりたくないと、半年で思いました。しかし、私はいつかは辞めようと思いながらも、就職の氷河期であったこと、結婚を控えていたこと、など、様々な理由で働き続けます。

それでも、いつかは、いいことがあるはずだと、一生懸命働いていた自分を思い返すことができます。

使い捨ての東京村社会

私は、高学歴な人や帰国子女が集まる、エリート企業とされる会社で働いていました。

しかし、そこにあったのは、優秀なソリューションではなく、利益を求める口先だけの魔術師集団の巣でした。

顧客のために働くことをスローガンとしていましたが、そのために社員の犠牲は半端ないものでした。

休日返上で働くのは当たり前、体調不良で休むなら代わりを探せと言われ、外部協力会社と仕事をしている際には、単価が安いから能力が低いのは当たり前だなぁと私は感じながらも、上司はダメなら使えるやつを探すから言ってねと、言う始末。

職場というところは、とんでもないことを実感したのでした。

私は、人口5万人程度の農村の集落で育ちました、過疎化は今も進んでおらず、細々と続いている場所ではありましたが、このような腐った考え方は、どこにもない集落でした。

人を人と思わない東京に、2年で絶望を抱きながらも、16年も働けば、病気になるのも仕方なかったなと今では思います。

そこに価値があるか?

働いて得れるものは、給料ですね。

私は、エリート会社に勤めていたことをお伝えしましたが、文字通り、給料は良かったです。

給料だけは、よい会社だったと思います。

ですが、そこに何があるのでしょうか?

息苦しい毎日、辛い仕事、帰っても寝て、また仕事に行くだけ。

他の人よりも1.5倍から2倍の給料がもらえても、1.5倍から2倍の苦しみがあったら、そんな人生良いと思いますか?

また、収入が多いことは、税金を多くとられることを意味します。果たして、サラリーマンの人生に価値があるのか?

そう思ったのは、働き始めて5年以内だったと思います。

むすび

仕事の内容が、自分で決められないことが、鬱につながるをテーマに記事を書いてみました。

新たな章を書くたびに、なんで働いていたのかわからなくなりました。

生活に喜びを創る、楽しい時間を過ごす、未来のために頑張る

そのような現実が、目の前にあれば、誰も「うつ病」にはなりません。

今だから書ける「なぜ!?、普通の人がうつ病がになってしまうのか?」

ㇾ 仕事の内容を自分で決められない
ㇾ 他人の意見を尊重することがいいとされる社会のうそ
ㇾ 「学校が他人の気持ちを考えましょう」と言ったことは間違い
ㇾ 嫌なことをお金のために続けると
ㇾ 他人が望み、自分が望まないことをやる
ㇾ 対人を気にする(無茶な)
ㇾ 他の病気がある
ㇾ 集団行動の生活
ㇾ 引きこもりは防衛策
ㇾ 村社会から工場集約型労働社会へ
ㇾ 資本主義の強制力
ㇾ 東京という集団強制労働所
ㇾ 嘘と詭弁だらけの都市生活
ㇾ 外向型と内向型を区別せず扱う社会

私は、約10年ほど、うつ病に悩まされてきましたが、5年ほど前が深刻な状況のピークで、そこからは毎年のように改善し、遂には新しいことができる元気が戻るまでに回復しました。

私は、うつ病になる前は、「絶対にうつ病になんかならない」と思われるタイプの人間でして、会社の先輩との関係も良好で、同僚にうつ病のような状態の人がいれば、「ちょっと何を悩んでいるか、聞いてあげてよ」なんて、お願いされるような、比較的人当たりの良い人でした。

ところが、うつっちゃったんですね。

そんな経験から、思うところが多々あるので、しばらくシリーズもので鬱について書いていきたいと思います。

仕事でうつ病になった人は、早めにその会社を辞めるべきと私が考える理由

私は30歳前半で、うつ病になりました。

まぁ、馬鹿正直に働きすぎたんですね。

当時私は、とある日本の大企業の基幹システム刷新の巨大プロジェクトに参加しており、トータル参加者は1000人超え。私がリードしているチームメンバーは20人を超えていて、スケジュールは絶対に間に合わせようと、チームの進捗を管理し、全体のタスクをきちんとこなしていたのです。

ふたを開ければ、そんなことをやっていたのは、プロジェクトの中で、私との所くらいで、他のところは、どうやら、品質をあきらめたり、スケジュールを伸ばしたり、それほどまでに無理はしていなかった。

馬鹿で無知だった私は、こんな無理をしてました。

・細かいところまで確認し品質も諦めない
・残業は当たり前でタクシー帰り
・睡眠時間は4時間程度
・土日もどちらか出社
・メンバーのモチベを優先して自分を殺し
・持病は放置
・責任者である上司がストレスで倒れ来れないところを補佐

そんな期間も3か月とか半年くらいで完了していたのならどうにかなったんだと思うのですが、全部で3年もこの期間が続いていたので、私は、うつになってしまいました。

そんなうつ病だった私が、うつを克服した方法は、別の機会に書くとして、今回は、うつ病になったら会社をやめるべきだという発信させていただこうと思います。

うつ病になったことのない他人は絶対理解しててくれない
ㇾ 
医者は続けるべきというがそれは生殺しである
そこに原因があるから永遠に抜け出せない
 収入がなくなるのは短期の話である
元気になれば将来が確実にある
自信を取り戻すには時間がかかる
 生きることは既に価値を生んでいる

うつ病になったことのない「他人」は絶対理解しててくれない

うつ病は、病気です。なってみればわかりますが、本当に病気です。

・心が病気になる
・脳から特殊な分泌物がでている感じがある
・無理して会社に行くほどにひどくなる

眼で見てわかる体の不調や明らかな病気であれば、これはダメだと、誰もが思いますが、メンタルの病気である、うつ病は、見た目ではわかりません

だから、なったことのない人は絶対にわかりません。妊婦の気持ちが、一生わからない男性と同じようなものです。

それに対して、外部情報から、わかったふりをしている人たちは、絶対にこの病気の辛さがわかりません。

上司だから、カウンセラーだから、医者だから、立場上、仕事上、うつ病のメンバーを社員を顧客を、ケアする立場をとっている彼らも、フタをあければ

・心が弱いんだよ
・ただの仮病じゃね?
・やるきがないだけでしょ?

と思っていることが多いのです。ブラック社会の日本というのは、表と裏がありまして、本当に「おもてなしの裏ばかり」で成り立っているのでございます。

そんな状況ですから、うつを生んだ場所(会社)に無理をして出社しても何もいいことはありません。

こんな無限ループが成立してしまいます

これまでだったら普通にできたことが、メンタルの不調でできない

自分の仕事の質が低いことを指摘される

頑張って品質をあげようとする

それでも品質が低いと指摘される

脳内の異常をきたす

自信を失う

∞(最初から繰り返し)

元気な人は、誰も理解できないのが、「うつ病」という病気です

人は、経験したことでしか、理解できない」と、皆さんご存知のアニメ「ガンダム」に出てくる、ニュータイプは語りますが、

まさに、うつ病を経験したことのない人には、うつ病は理解できないのです

医者は続けるべきというがそれは生殺しである

いま思い出すと、私は20代後半の頃は、「自分はうつ病なんかには、絶対にならない」と思っていたのですが、30代には、その自分がうつ病なってしまいました

もちろん、うつ状態になっている初期のころは、そんな状態であることにも気づきません。うつは、急にではなく、徐々に進行していくものですから。

うつ状態の私の心境ですが

・会社に行きたくなくなる(電車で気持ち悪くなる)
・仕事がありすぎて、嫌になる(帰れないことのストレス)
・なんで、だれも助けてくれないのか?(孤独の戦い)

そんな思いを頭に抱えながら、それでも無理をして会社に出社していたのです。

こんな思いを持っているのは、「自分が弱いからだ」と自分に言い聞かせて、働き続けてしまいました。これも、実は、うつの原因です。

うつじゃないと思って働き続けた1年。

それでも1年もすれば、うつ病という言葉が聞こえてくるし、症状をみてみようという思いも出てきます。

そして、オンラインのうつ病診断を受けると、ほとんどの項目が当てはまり、すぐに医者にいくようにという結果がでました。

私は、精神科医にいきました。これまでのこと、全部を話しました。しかし、お医者さんは、今の仕事をやめることによる環境の変化によるストレスが悪化させるもあるから、改善されるまで、継続していった方がいいということで、会社に残るべきだというアドバイスをもらいそれに従いました。

しかし、1年たっても、2年たっても、よくなることはなく、ただ、いろんなことを諦めるということを覚えるだけになったでした。

そもそも、お医者さんというのは、その病気にかかった人がなるものではなく、勉強によって成立する職業です。

彼らも自分が精神病やうつ病になったことはないのではないのでしょうか。

的外れな意見、経験しか彼らは持ち合わせていないのです。

継続して通うことは、彼らの収入になりますから、生殺し状態になってしまいます。けっして、治らないのに通院しているのですから。

そこに原因があるから永遠に抜け出せない

うつ病になったとき、その原因は、その環境、いまある環境に原因があります。

忘れようとがんばっても、いつかはよくなるとがんばっても、そこに病気の原因となるウィルスがあるような状態なのですから、絶対によくなることはありません。

もうちょっとの辛抱だから、いつまでも続くものじゃないから、ちょっとの辛抱だから、大丈夫だよ。

と言われても、絶対によくならないのは、うつ病です。

彼らはそこに、ウィルスが多量にあることが見えません。彼らにとっては、問題がない環境なのですから。

あなたにとって、心に悪影響をあたえるものが、そこにあるのにです。

その場所にいる限り、永遠に抜け出すことはできないのです。

そもそも同じ環境にいて克服できるのであれば、うつ病になる前に、回復し、そこに、うつに至りません。

収入がなくなるのは短期の話である

私が通ったお医者さんは、会社を辞めること、転職することを勧めませんでした。

現在のポジションを失うことのショック
環境の変化によるショック
収入の変化に伴うショック

など、それらのストレスが、うつの悪化の原因にもなるので、会社を辞めることを勧めませんでした。

もちろん、確かにそうだなと思っていた時もありました。そして、数年過ぎました、しかし、今私はそれは違うと思います。

私は仕事を辞めました。

けれど、収入がなくなるのは、短期の話です。

治らない環境で、永遠働き続ける方が、心の健康に悪いだけではなく、体の健康にも悪いのです。

また、収入がないのは、元気がない、うまく働けない短い期間の話なのです。

病気が治れば、人は、変われるのですから。

元気になれば将来が確実にある

うつ病は、病気です。

病気は、治らないと非常につらいものです。

行動に制限がつきます。

30代でうつ病になり、100歳まで、生きるとしたら、すくなくとも何十年近くも、うつ病で生きるということになります。

それは、果たしていいことなのでしょうか?

お医者さんは、環境変化のストレスを気にして、何かを変えることを勧めてはくれませんでしたが、私は、「生活環境を変えることが正解だ」と、つよく感じていませんでした。

そして、環境の変化を起こすための準備をしてきました。

少なくとも3年は、その準備をしていたかと思います。

そして、わたしは、その会社=問題のある環境から、抜け出す決意をしました。

するとどうでしょう。

会社を辞めたことで、最初はショックがありましたが、徐々に変わっていく自分がいるのがわかります。

いろんなことに目が行くようになります。きづくことがあります。

自分ができることが制限されていたこと
視野が狭くなっていたこと
うつ病になっていた期間の記憶が明確ではないこと(空白の期間)
いろいろなことができないと思っていたことが嘘のように晴れた
自分を信じれるようになってきた

病気は、治ってしまえば、人は変われます。

「やる気が、あれば何でもできる」の、やる気をとりもどせば、なんでもできるんだということを、私は思い出しました

ただの現状維持で、何年も、何十年もストップした人生でいるよりも、将来を信じて、一時的にでも無職になって、病気を改善した方が、私はいいと思います

ただし、あなた自身にそれを準備する勇気と、覚悟が必要です。

自信を取り戻すには時間がかかる

うつ病になっていると、自信を失います。

自分というものが、ダメなんだとネガティブな状態が永遠続いています。

無限ループの地獄です。

そして、それが毎日なのですから、100あった自信が、50を切り、40を切り、10を切り、そして、ついには、ゼロになり、マイナスになっていきます。

そして、自分がダメ人間だと思うようになります。

世間もそういうことを平気で言います。

だから、その世間や環境いたら、永遠に回復することができません。

今日頑張って手に入れた、自信がすぐに失われるのですから。

ですが、穴はふさぐことができます。

その世間や環境から離れたら、時間がかかりますが、どんどん回復していけるのです

自信をマイナスやゼロから1にするのは、とても大変ですが、1を2にするのは、ちょっと楽になります。そして、その繰り返しで、徐々にですが、加速度を上げて、自信というのは、回復させることができます。

何事も、マイナスやゼロから1にするのが大変なのです。

だからこそ、早めに、悪い環境からは抜け出さなければいけません

・あなたに対して否定的なことばを投げる人
・あなたがネガティブに感じる場所
・あなたが嫌だと思うメディア

すべてを排除してください。穴をふさいでください。

マイナスになる穴がふさがれば、嫌でも、自信はたまっていきます。

病気になるまでは、自信はあったのですから、大丈夫です!

生きることは既に価値を生んでいる

私はうつ病になりました。

いろいろなものを失いました。

けれど、何かを失ったことで、手に入れたこともあります。

今日この記事を書いている、この内容すら、「私がもし、うつ病になっていなかったら生まれることのない」記事です。

私はうつ病になったことで、うつ病の方の気持ちがよくわかります
ㇾ 自殺をしたいと思う人の気持ちも今はよくわかります
抜け出せない闇と言うのを8年は経験しました

会社やサラリーマンを辞めることなんて大したことではありません。

お金がなくなっても、生きる方法はあります。

そして、これまで自分を育ててくれた環境があるということは、たとえお金がなくなったとしても生きれる環境があるということです。

普通に働いていると、その世界のことしか知ることがありませんが、世界というのは、実に広く、いろいろなことが可能な世界広がっています。

地球だって、宇宙から見たら、塵(チリ)のサイズなのです。

学校や会社、とても小さな環境での、狭いところで、いつまでも、うつ病のままでは、その世界を知ることなく、時間が過ぎてしまうだけです。

そんな塵の世界の悩みなんてちっぽけだなって今はおもいます。

大丈夫、うつ病は、病気なんです。病気なのだから、環境が変われば、変われます。休んだっていいんです。

自分の心の在り方が変われば、人は変われます。

「このうつ病で、私は、何を学んだのか?」

そう思えるくらいまでに、私は会社を辞めた後で、この病気を克服することができるようになりました。

もし、あなたのうつ病をつくったものが、会社であるならば、それは、立ち去るべき場所だと私は考えます。

生まれた時から、ネガティブな子供は一人もいません。うつ病がうまれる環境には、うつ病を生む原因があるのです。

そんな会社を、組織を、いつまでもこの世界に残してはいけません。そこに人がいるかぎり、うつ病の人がうまれてしまう、そんな環境が確実にあります。

そのような環境から、この地球から消えていくように、気づいた人は立ち去るべきです。

まとめ

2000年以降、うつ病の人は増えました。それまでは、精神病でくくられていましたが、爆発的に増えました。

その原因は、安定しすぎる日本の社会と、ルールがありすぎて、自由がない空気感があることだと思います。

また、新聞やテレビの言うことを信じたり、理想としたり、洗脳されることで、視野が狭くなってしまっていることも、原因となっています。

本来、地球とは、そのような場所ではありません。

どんなことをやってもいい場所なのです。

誰かの言葉を受け入れる必要はありません。私の言葉も受け入れる必要はありません。

自分の心に従ってください、誰かの意見は誰かがやればいいのです。

あなたは、あなたの心の声を聴いて、あなたの道を進んでください。

大丈夫、これまでも、生きてこれたのですから、大丈夫です!

どうにかなります!

憂鬱な日曜日の夜の過ごし方

私はサラリーマンをやっていた16年間のうち、後半の8年くらいは、ほぼうつ病の状態で、ひどい時には、日曜日の朝から、少なくとも夜8時には、明日仕事に行きたくないなと、憂鬱な気分になって過ごしていました。

これでは、いけないと、自分言い聞かせて、無理をしていたわけで、結局のところ、自分に合わない仕事。早く辞めるべきだったのです。

しかし、私は、そんなうつ病の状態でも、自分を奮い立たせ会社に通っていました。その時、考えていたことを振り返り、記録しておきたいと思いました。

憂鬱な日曜日の夜の過ごし方

ㇾ 漫画、ゲームなどで現実逃避する
ㇾ 自分独りの時間を作る
ㇾ 仕事をあえてやってしまう
お酒を飲んで誤魔化す
ㇾ 悩んでる自分を諦める・認める

漫画、ゲームなどで現実逃避する

これは私に限らず多くの方がそうだとは思いますが、現実に問題があるのであれば、現実から離れるのが、やはり一番いいです。

没頭する時間を作れれば、人間というのはそれに集中して、どんなことも忘れることができます。

私は、漫画やゲームなどを楽しみ、憂鬱な日曜日を乗り切りました。

自分独りの時間を作る

あえて自分独りの時間を作り、なぜ、自分は憂鬱なのかの答えを探すことにしました。

ㇾ 今の職場のあの人と仕事をすると嫌な気分になる
ㇾ 自分が頑張ってもダメで、現実メンバーを変えなければいけない
ㇾ 高圧的なお客さんとの対話が憂鬱
etc

皆さんも経験があるとは思いますが。なぜ、憂鬱なのかの答えがあるはずなのです。私の場合は、その原因を探り、その中で今できることは、何かをかんがえました。そして、その対策をやっているうちに、憂鬱な気分は少しですが解消しました。

仕事をあえてやってしまう

明日からの仕事の内容が見えているときは、今週のタスクを先に考えておき、どのような配分で仕事をするかを、日曜日の夜に考えていました。

月曜日の朝、会社についたときにスムーズに仕事が開始できると、その後、どんなハプニング、どんな上司からの無理難題がきても、どうにかなるので、仕事をあえてやってしまって、憂鬱な気分を吹き飛ばしていたときがありました。

お酒を飲んで誤魔化す

お酒におぼれ、忘れるという選択をとっていたことがありました。

ただ、飲んでいる、楽しんでいる時間は良いのですが、翌日の朝には、さらに行きたくなくなるので、お酒の力でなにかが起こることはありませんでした。

悩んでる自分を諦める・認める

何ができて何ができないのかが、はっきりとわからないうちは、とりあえず何でも引き受けてしまいがちです。

そんな時には、悩んでいる自分がいつことを認識し、がんばっているからこそ、今の自分があることを認識するのが一番効果がありました。

まずは、自分自身が頑張っていることを認めてあげるのです。