今日できること、今日感じたこと、今日自分の心から生まれたものを大事にする

今日の自分とは、何なのでしょうか?

昨日までのことを思い出して、あんなことしなければよかった

過去の行いのことを思い出して、変わらないものを悩む

昨日までと言っていたことと正反対のことが正しいと思えてくる

昨日までやっていたことが大事に思えなくて、他のことをやりたくなる

昔立てた自分の目標や宣言した約束と違うので、今の自分は正しくない、迷いごとだと考え、今日生まれた考えを否定しようとする

自問自答する

毎日生きているだけでも、いろんなことが考えられます。それは、学校の授業中でも、仕事中でも、休憩中でも、電車の中でも、運転中でも、トイレやお風呂の中でも、どこでも、考える余裕が人間にはあるので、考えることができるのです。

しかし、考えることができるということは、考えなくていいものまで考えてしまうということでもあり、精神の病気になる原因にもなったりします。

自分の心の状態の悪いときに生まれたことは、たいていよくない考えです。

しかし、朝から掃除をし、身支度を整え、できれば瞑想をし、こころを落ち着けた状態で生まれたものであれば、それはそれ相応に、自分にとって正しい考えとなると、私は感じています。

・昨日までは掃除をやろうと思ってたのに、今日は勉強すべきだと朝思った

・朝はいつもパンなのに、御飯が食べたくなった

大事だと思うことからそうではないものまで、実際にやってみて思い通りになること、そうでないこと、その日にならないとわからないことも多いと感じます。

今日できたこととは?

今日できることは、今日できる運命となっていたもの、今日できないものは、今日できない運命となっていたもの、やらなければいけないことは、おのずと体がそのように動き達成され、その日にやらなくてよかったものは、おのずと体が動かず達成しないものでもあります。

怠け心が何かをやらないような動きをしているのではなく、結局やらなくいいことだから、やらないというようなことがたくさんある気がします。

子供の頃勉強を頑張る人は、勉強を頑張りたいと心から思っていたはずですし、子供の頃勉強が嫌いという人は、心の底から、やる必要がないと考えていたはずなのです。

今日、何をするのが大事かを、が知っている、伝えているからこそ、今日できることは、できる運命にあったのではないかと感じることさえあります。

今日の心に素直に従っていい

風邪をひいて辛いけれど、出社して迷惑がかかるから、心の底から無理して出社したいと思うなら、出社すればいいし、無理して出社したくないのなら、出社しなくていい

今日やろうと思っていたことがあったけど、他にやることができたのでやれなかったのなら、実はそれをやるべき日だった

心がすっきりとする、もやもやとする気持ちがないところまでの最善を尽くせば、それは、何かができなかったとしても、正しかったのではないかと私は考えています。

心がすっきりとしているとき、その心は正しかったとなると考えています。

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