ルアーフィッシングは攻めの釣りである。
まわりの人たちが、エサ釣りをやっているところを、あえてルアーで攻めてる格好になることが多い。
はっきり書いてしまえば、ルアーフィッシングは、難しいとさえ思う。
しかし、きちんとやれば、エサ釣りと同じか、エサ釣りとは異なるが結果が得られるし、数も釣れてくる。
そんなルアーフィッシングに向いている人、向いてない人の違いをあげてみよう。
集中力がある人
ルアーフィッシングは、常にルアーからの情報に集中しなければならない、いつ魚がルアーに噛みついてくるかが、わからないからだ。
四六時中ルアーに集中しなければダメと言うことはないが、投げては巻き、投げては巻き、さらにはアクションをつけながらの巻きが必要である。
楽ができるとは言えない。
その作業にも似た操作を続けることが釣果の差に出てくる。
ただ、エサ釣りでも、魚がいるところを探りながら釣る釣りでは、ルアーもエサ釣りも変わりはない。
可能性にかけることができる人
釣りには絶対がないが、ルアーフィッシングにも絶対釣れるは余計にない。
待ちの餌釣りで、4~5時間やるのと、ルアーフィッシングを4~5時間やるのでは、疲れ方が違う。
その中で、ルアーフィッシングをやれるかどうかは、おそらく、次こそ釣れるの可能性にかけられる人でなければならない。
ルアーでやったから今日はダメだった、エサ釣りならもっと釣れたのに、という頭でいたら、絶対に釣ることができない。
次は、ルアーでなく、エサ釣りをやっていることだろう。
次こそ釣れることを期待して、燃えることができる人
釣果を期待できるか・できないかは、ルアーフィッシングと言わず、釣りにも共通のテーマである。
釣れる、釣れないは自然相手なので、絶対ではない。
ボーズという言葉があるが、釣りを長年続けている人で、釣りにいったのに1匹も釣れなったという経験がない人はいないだろう。
という期待がなければ続けることはできないだろう。
ダメな中で、答えを探すことができる人
エサ釣りのお客さんは、とても多い。お互い釣り方を確認したり、釣れなかったことを慰め合ったり、一緒に釣りにいくケースもあるだろう。
しかし、ルアーフィッシングにおいては、独りの釣りとなることがより多いはずだ。
エサ釣り人口とルアー人口の比率は、体感的には、10:1くらいの差がある。
そのくらい少ない。ただ、ルアーマンは年々増えている感じはある。
その中で、独りで答えを見つけていくことになる。
決して簡単なことではない。
まわりの意見に流されない人
社会人になり、独りで釣りをやっている人であれば、まわりの意見に流されるということはないだろうが、誰かと釣りにいくとなれば、必ず、何かしらの意見をもらうことになる。
「今日は、もう釣れなそうだな。。。」
「やっぱ、時間帯がわるいね」
「隣の人、釣れてるよ!」
気にし始めたらきりはないが、ルアーフィッシングをやっていると外野の声は気になる。
その中で、釣りを続けることが釣果につながってくることが多い。
いかがでしたでしょうか?
ルアーフィッシングの話を書いたつもりでしたが、途中から、仕事ができる人・できない人の記事を書いているかのような気がしてきてしまいました。
あなたは、ルアーフィッシングに向いていたでしょうか?
もし向いているとしたら、これからもルアーフィッシングを一緒に楽しんでいきましょう。
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