30代前半で年収1000万の高給取りサラリーマン生活を辞めるに至った理由を書いてみる

私は、今を思い返せば、30代前半で1000万円の年収をはじき出していました。

年収1000万円を30代前半でいただくというのは、やはりエリートサラリーマンなんだと思います。

会社を辞めてしまった、今となっては、そうだったなぁと今は思います。

ちなみに今日は、退職して1営業日です。

話を昔に戻しましょう。

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自営業になる場合に誰もが不安な退職後の手続きについて

皆さん、こんにちは

このページに訪れたということは、自由な生き方を求めている方でしょうね 私も、その途中の段階でこれを書いていますが、参考になれば、幸いです。

今日は、サラリーマンを退職してフリーあるいは自営業になる場合に不安になる、退職後の手続きについて書いておこうと思います。

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退職整理後の現在の状況

現時点で私はまだ務めていた会社から退職が完了しておらず、有給消化の期間となっておりますが、最終出社日の2018年8月16日から既に2週間が過ぎ、過酷な仕事とは完全に離れ、ようやくいろいろな心の整理ができるようになり、ブログを書きたい気分になれましたので、本日はそのことを記録したいと思います。

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退職日まで、あと9日

退職を決めてから約2か月。

ようやく辞めれるわけですが、とても長かったですね。

心の整理をしようにも、忙しすぎて、あまりできなかったのが実感ですが、ブログの更新もできなかったので、余計に心の整理ができなかった感じです。

ようやく時間ができましたので、これまでの残念な日々のまとめを書いておこうと思います

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「やりたいことがある、やりたいことがない」は、実は退職を考えるべき時

退職届を出し、退職プロセスに入っている私ですが、職場の後輩が、つらそうに、半ば投げ出し気味で仕事をやっているので、軽い気持ちで、

「どうして、この仕事を選んだの?」

という問いかけをしてしまったんです。

その回答は、

友達のすすめでなんとなく就職し、なんとなくやっているということ。また、転職活動したことがあり、自分ができる中で、特にやりたくはないけれど、やれそうなことを選んで活動したけど、落ちた。

みんなそんな感じじゃないですか?

でした。既に退職に向かっている私から見れば、同じような話であり、本当に気持ちはわかります。

私の場合は、

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自由な働き方をするために準備してきたこと

先日、会社に「退職願い」を出したことを、このブログで紹介しました。

これは私にとって、生き方を変えるための最初の一歩でした。この一歩を踏み出すために、考えた期間は、13年。

そうです13年という長い期間なのです。

現在の会社では、2002年から数えて約16年働いていたことになるのですが、入社3年目で、既に転職あるいは、別の仕事を考え始めていたのです。

私は、どんだけ歩みがのろいのでしょうか(笑い

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退職届を出した後、最近考えていること

サラリーマンから退職することになり、不安な気持ちがよぎることがありましたが、最近はまったくそれが無くなってきました。

むしろ、新しいことを始めること、自分の責任ばかりになるけど、自由であること、今までやりたくても、時間や組織に属していることで、コンプライアンスや情報セキュリティ的にも書くことをためらっていたことも自由に書けるようになることなど、どんどんいいことに気づいてきてもいます。

ワクワクしています。

今まではどこか、他人の人生を歩んでいるような気がしていました。

あれやりたいな、これやりたいな、こんなこともできるよね、あんなこともやれるよね、と新たな思考が生まれても、仕事があるしな、時間がないしな、疲れてるしな

と、生まれた思考・アイデアを殺してばかりいました。

むげに殺してはおらず、メモにも書いていましたが、時間がないとかで、すべて実現できていませんでした。

おそらく、そのアイデアを実現しない自分が、嫌だったというのも、退職の理由、新しい生き方を選んだ理由だったと思います。

自分の考え・アイデアを実現できない=自分の人生ではない

これが私の中に、ずっとあったのだと今は思います。組織に属したり、人間はひとりで生きているわけではないのだからと、自分の主張をやめてしまう、やめてきてしまった私もいたので、その生き方を否定もできません。

しかし、よくよく考えてみると、社会は人の主張で出来上がっています。居心地の良いスペースを皆が皆、自分でつくりあげて、出来上がっているような気がします。

正論などという、よくわからない言葉がありますが、どんな意見も正しいも間違いもなく、解釈が違うだけであり、判断基準が違うだけであり、どんな主張もいきつくところ、だれかのわがままであり、それ以上でも、それ以下でもなく、時代が変わればまったく覆っていたりするものです。

そんな窮屈な集団の中に属するのをやめ、自分らしく生きる一歩をようやく踏み出せるんだ、踏み出すことができるんだ、と考えるたびに、最近はワクワクしています。

何をやらなければいけない、いくら稼がなければいけないというベクトルは持たず、本当に私がやりたいこと、やるべきこと、楽しめること、そういった軸を持って働く、あるいは社会に貢献するという生き方を実現させます。

それを目指しています。

今は昔と違い、そんな一人の人間が、新しいことを発信してもよい時代になりましたので、まさに未来を今かみしめているところです。このブログだって、そんな新しいツールの一つです。

新しいことをやるときは、常に不安がありますが、だからこそ成長を感じるものです。

昔、新社会人になったときは、不安がありました、新しい仕事をするときも不安がありました。けれど最近は、嫌悪しかなかった。これが本当の気持ちでしたし、そんな自分が嫌だった。

今は、この不安というのが、とてもここちいいモノだと、感じています。

とても、ポジティブな自分がいます。

生き方のチェンジ

先日、退職の手続きを始めたことをこのブログで公開いたしましたが、それが私にとって何を意味するのか、それを考えた時に、結論としてあるのは、次のシンプルな結論でした

仕事を中心に生きる

やりたいことを中心に生きる

生き方チェンジ

これでした。

やりたいことを中心に生きる。どんなに多くのお金を稼ごうが、自分のやりたいことができていないのであれば、まったく人生に満足感が得られないことを、私は既に体験済みです。そして、これが、今の結論に至ったすべてでした。

何かしら人が持っていないものをお金で買って所有したとしても、まったく幸福感が得られない。

そう実感したことが、これまでの人生で、多々ありました。

これまで私は、結婚をし子供にも恵まれ、子供の成長や奥さんの就職など、いろいろ周りが成長し、それぞれの人生を進んでいくなかで、幸いなことにたくさんの様々な幸福感を得ることができました

けれど、私だけが、どこか満足できない毎日。心の中に、大きな穴が開いていました。その答えを、自分では、ずっとわかっていました。一番の不幸が、仕事にあることに、ずっと悩んでいました。

嫌いな仕事だったわけではありません、できない仕事でもありませんでした、ただ、私の考え方と合わない。他者へ押し付けをいろいろな場面で行う必要があり、詐欺とまでは言いませんが、言葉で相手を言いくるめるような仕事を求められ、そんな働き方に、疑問がずっとありました。

また、そもそも集団の中で、自分の意志を最小限にし、会社の決定に従って生きることが好きではなく、また、価値ある少数の意見は検証されることもなく採用されない流れが集団の中であることを理解して疑問を持って働いていました。そんな中で、会社に属しながらも、少数、時には一人派遣状態で働くときに、生き生きとしていた自分があることに気づいていました。

最初から、やりたいことが、今の仕事 だったらよかったのでしょうが、私は学生時代の夢であった職業には就けず、今の仕事を取捨選択で選びました

合理的、論理的、打算的だったと言ってもよいでしょう。

今思えば、その夢だった職業に関しては、ただ努力が足りなかったし、向いていなかったし、自分から諦めた後悔がありますが、その時の状況の中で選択した結果、最良の答えが、今の会社でした。

しかし、長年生きてくる中で、この若いころの判断は誤りであったと、痛感しています。

人は、やりたいことしか、本気でやることができず、やりたいことでしか、満足感が得られないのです。そして、それは決してお金では替えられないのです。

生きることとは、満足感を得ること、幸福感を得ることであり、お金を得ることではない。心底、このことに今私は気づいています。

もちろん不安はあります。収入だって、しばらくは安定しないでしょう。

けれども、新しい生き方を選択したのだから、無収入な期間があって当然です。新しい生き方の中に当然含まれている、そう覚悟を持って選択しております。

おそらく、この記事を書いたことは、将来的に、私の指針になっていくし、同じように悩める未来の仲間の分岐で、参考となる記事になるだろうと、予見して書いています。

私は、やりたいことを中心に生きる、生きれるようになった時代が、今あることに気づいています。

昭和の時代には、なかった、このやりたいことを誰もがやるべき時代が来ていることを、すごく私は実感しており、自分自身がまずはやらなくて、その時代の話を子供に語れるだろうか?

そう悩み続けていました。

結論、行動が当然必要でした。その結果が、今=退職⇒生き方チェンジです。

これから何が起こるか、不安もありますが、ワクワクとドキドキの気持ちがいっぱいです。時には、落ち込むこと、不安に押しつぶされそうな時が来ると思います。

でも、昔の自分は、押しつぶされそうなときに、打算的な考えになっていったと思うのですが、今は、その考え方はアップデートしています。

そのようなネガティブな時には、時間を空ける、できる方法を考える、考えるのをいったん止めるなどの、対処方法を知っています。

この記事を書いている、私の心は、すっきりしています。不安はなくなり、夢に向かって、一歩、進み始めていることに満足しています。

もちろん、収入面の不安もあります。

けれど、頭がすっきりし、毎向きであり、やるべきことを毎日見つけ生きれれば、様々なことが、上手く回り始めると、そんな予感があるのです。

さて、今回の記事は、ひとまずこんなところで終了です。この先の私に何があるか、私と一緒に知りたい方は、ぜひともこのページをブックマークに登録してください

記事は、同じような悩みを持っている方の参考になればとの思いが強く、今後も基本的に無料で公開していく予定です。

それでは、同志の皆さんとお会いできることを楽しみに、今回の記事は終わらせていただきます。たくさんの方に、理解いただき、また同じ考えの先輩達にも出会い、新しい生き方が、普通になる社会を実感できる瞬間を楽しみにしています。

最後まで、閲覧いただきありがとうございました。

がんばりますよ!
いや、すでにがんばって、この結論をだしてますわ!(笑

会社に退職することを報告しました

2018年6月1日の本日、会社のカウンセラーに退職の意志があることを伝えました。具体的には、7月末頃のプロジェクトのフェーズの切り替えのタイミングで辞めたいと申し出ました。

私は2002年4月1日から、働いてきましたので、15年と4か月働いたことになりますが、そんな働き方も、ここで一区切りです。

思い起こせば、会社を辞めたいと思い始めたのは2006年頃からで、入社4年目で既に辞めたいと思っていました。けれども、転職したところで、誰かに仕事をもらって生きる生き方、自由な生き方ができないのであれば、それは意味がないなと感じており、個人事業主的な働き方を夢見ていました。

しかし、当時の私は結婚して子供が生まれ、奥さんも働けない状況でして、深夜までの残業が当たり前のなかでも、働かざるを得ない状況でした。そうやって自分に嘘をついて働いていました。そのほかにも辞めたくても辞められない事情が多々ありましたが、ようやく、辞めることが実行に移せるタイミングとなりました。

なんて、幸せなのでしょうか。

今日、辞めることを宣言したことで、今度は、自分の頭で稼がなければいけないな、行動しなくてはいけないなと、次のステップに移ったことを実感しています。

今回の決断は、自分が行った決断です。以前からやりたかったことでもあります。責任も自分にあります。だからこそのプレッシャーがあります。

けれども、これから、夢の実現のために、頑張れるというその時間に、精いっぱい向かうこともできるわけです。

今日は、疲れていて、文章をまとめることができませんが、辞めることの後悔はなかったかなと思いました。精神的に疲れた気がします。けれども、辞めることを伝えた後でも、そのことに対して、後悔はありません。もしかしたら、辞めることを伝えたすぐ後に後悔をする自分がいるかもしれないと思ったのですが、そうではありませんでした。

次のステップに私は進みます。これから頑張りますので、よろしくお願いします。このページもよいものにしてまいります。

ご期待ください。

自宅をベースにした職場を目指す

自宅が職場であるというのは、おそらく家業があったり、自営業であるのなら、当たり前のことだろうと思う。

ところが、一度使用人として、サラリーマンとして働いてしまうとその感覚がなくなってしまう。いや、サラリーマンの前に、義務教育で、学校に通い始めたときから、自宅をでて何かをする習慣が始まっているのだと思う。

それが良いことなのか悪いことなのかは、ないとは思うが、ただ習慣や当たり前、常識になってしまうことには、違和感が私にはある。

今はネットワークにより自宅にいながら世間に人に繋がっている。それなのに自宅を出るとなると、あえて外に出る必要がなければ、出る必要がないのではないかと考えることができるのである。

もちろんこれは仕事にも当てはまる。

この疑問については私だけが考えているわけではなくて、在宅ワークといった言葉があるように、様々な形態で、各事業にあうやり方で進んでいると思うところもあるが、実感としては進んでいるように感じない。

なので、なぜそうなのかを考えるときに、その根本は、学校にあるのではないかと私は考えている。毎日、会社に通うだけで、1時間から4時間の時間が会社にうばわれるとは言わないが、制限された自由に、場合によっては不自由になることがサラリーマンの実態だ。

サービス残業の犯罪認定、ブラック企業の犯罪認定の後は、この通勤地獄を改善する必要がある。