自宅をベースにした職場を目指す

自宅が職場であるというのは、おそらく家業があったり、自営業であるのなら、当たり前のことだろうと思う。

ところが、一度使用人として、サラリーマンとして働いてしまうとその感覚がなくなってしまう。いや、サラリーマンの前に、義務教育で、学校に通い始めたときから、自宅をでて何かをする習慣が始まっているのだと思う。

それが良いことなのか悪いことなのかは、ないとは思うが、ただ習慣や当たり前、常識になってしまうことには、違和感が私にはある。

今はネットワークにより自宅にいながら世間に人に繋がっている。それなのに自宅を出るとなると、あえて外に出る必要がなければ、出る必要がないのではないかと考えることができるのである。

もちろんこれは仕事にも当てはまる。

この疑問については私だけが考えているわけではなくて、在宅ワークといった言葉があるように、様々な形態で、各事業にあうやり方で進んでいると思うところもあるが、実感としては進んでいるように感じない。

なので、なぜそうなのかを考えるときに、その根本は、学校にあるのではないかと私は考えている。毎日、会社に通うだけで、1時間から4時間の時間が会社にうばわれるとは言わないが、制限された自由に、場合によっては不自由になることがサラリーマンの実態だ。

サービス残業の犯罪認定、ブラック企業の犯罪認定の後は、この通勤地獄を改善する必要がある。