30代前半で年収1000万の高給取りサラリーマン生活を辞めるに至った理由を書いてみる

私は、今を思い返せば、30代前半で1000万円の年収をはじき出していました。

年収1000万円を30代前半でいただくというのは、やはりエリートサラリーマンなんだと思います。

会社を辞めてしまった、今となっては、そうだったなぁと今は思います。

ちなみに今日は、退職して1営業日です。

話を昔に戻しましょう。

私の生活はかつて、仕事の残業は当たり前。週末は、仕事もしくは、収入を増やすための投資の勉強。

それがすべてでした。何年もそうだった気がします。ですが、それが嫌になったのは、やはり年収1000万円を超えた頃。

自分の時間がないんですね。

特に、自分の心と向き合う時間がなかったんです。

お金を稼ぐ=欲望と向き合う時間はありましたが。

子供の頃からやってたTVゲームなどは、30代前半の頃にはまったくやってませんでした。

当時の私は、週末に子供のお世話をすることは、少しはあっても、ほとんどは、仕事のことで頭がいっぱいでした。

そう思えるエピソードがあります。最近、部屋の片づけをしていて、ずいぶんとたくさんのおもちゃや写真などを見ているのですが、子供が使っていたと思うおもちゃがあっても、そのころ一緒に遊んだ思い出が一つも残ってないんです。(なんか言われて、買った記憶はあるのですが。)

写真はあっても、そのとき子供と接してた記憶がないんです。

おそらくは、奥さんと一緒におもちゃも使っていたんだろうと思うんですが、全くと言っていいほど、私が子供と一緒に遊んだ記憶がなかったんです。

そこで、気づきました。

あの頃は、まったく、子供と向き合っていなかったんだなぁと。

本当に「子供と遊んでなかったな、なんてひどい親だったんだろう」と、大きなショックでした。

それはそうです。

月曜日から金曜日は、仕事一色です。家は、寝るためだけに帰ってきていました。

酷い時には、2年間も、土曜日や日曜日も仕事でした。

約1年、岡山県に単身赴任状態のときもありました。

朝5時に起きて毎週、名古屋へ出張なんていうのもありました。

ただし、その代わり、給料は膨大でした。なんでも好きなものは買えました

自分の時間を売って稼いでいる。そんな感覚が、その時は、確かにありました。

ただ、その中で、気づいたのでしょうね。

このままじゃいけないと。

・自分らしく生きていない
・自分らしい生活をしていない
・家族を大事にしていない
×お金だけを大事に生きている

そんな偽りの生き方、ただお金のためだけに働くロボットになってしまった自分がいることに気づいたのでした。

それでいいわけありません。何かするために、何かを達成するために生まれて来たと、俺の心は言っている

何もしなくていいわけないじゃないか?これまで、何かできたっけ?
やりたいこと、やれてるんだっけ?
家族って何だっけ?ただの支出?=負債?

自分と問いかける日々が続いていました。年収1000万円の裏に。

それを誤魔化すために、旅行に行ったり、高級な車、食事、遊び、やりました。

けれど、心がどこか満たされない。まったく満たされないし、嘘をついているんです。

だって、そもそもお金を出して買えるものは、欲しいものではないんです。高いお金を出したところで、欲しいものは、それじゃないんです。

自分の生き方を欲していたんです。

そんなときでした、偏頭痛が始まったのは。。。

今思えば、自分の心の痛みだったのだと、確信しています。

ストレスとは、自分が本来やらなきゃいけないこと、やるべきことから離れて、命令に従い、お金のために働くと、生まれるものだと、今は思っています。

心を否定するから、ストレスが生まれるんです。

心は、もう疲れた、帰ろう、家族を放っておいていいの?と言っているに

現実には、

「大丈夫です!まだまだ、仕事やれますよ!ぜひ、やらせてください!!」

これが、ロボットの生き方でした。

それからしばらくして、私はうつ病になりました。偏頭痛持ちになりました。これらは、自分を偽って生きたことの証拠ですそして、それがなければ、偽りの生活を今も続けていたことでしょう。

だから、うつや病気は、そんな生活から、変わりなさいという、合図であったのだと今は思っています。

今回の退職の確定には、実は、母親の末期がんが絡んでいます。おまけに、父親の腫瘍の手術も絡んでいます。(昨日は、父親の手術に立ち会いました。私は自分の誕生日だったというのに)

夫婦円満仲良く老後を過ごしていた、両親が、この1年のうちにもろくも崩壊しました。

どんなにお金があっても、時間は取り戻せません。大事な家族、健康も取り戻せません。

お金を「ある程度」生きるために手に入れるのは、問題ありませんが、生活をなくしてまでも、働くことは、やっちゃいけないと、今の私は気づいています。

このブログを読んでいる皆さまに、お伝えしたいことは、何が大事か、心は何を望んでいるか。(欲望ではありません。)本当に心に問いかけ、やらなければいけないということが見えた時、それは、変わる時なのだと、私は思います。

私は既に変わりました、やらなければいけないことが、たくさんみえています。

お金になるかはわかりません。

けれど、心の為には必ずなります。

心に従って生き、家族とともに歩みたい。何よりも人と人としてかかわりたい。ビジネスではなく。

それが、今回の退職の理由でした。

もしも、今悩んでいる方が、おりましたら。何かの参考になれば幸いです。

迷ったときは、落ち着いて、心に問いかけてください。答えは、決まっているはずです。

自営業になる場合に誰もが不安な退職後の手続きについて

皆さん、こんにちは

このページに訪れたということは、自由な生き方を求めている方でしょうね 私も、その途中の段階でこれを書いていますが、参考になれば、幸いです。

今日は、サラリーマンを退職してフリーあるいは自営業になる場合に不安になる、退職後の手続きについて書いておこうと思います。

私の場合は、サラリーマン生活が長く16年もありましたので、自営業を目指す場合、不安しかありませんでした。しかし、16年働いてきたということは、多くの税金も納めたわけですし、雇用保険料も支払い、その他社会貢献をしてきたということなので、それほど社会は冷たくは扱いませんので、結果的に心配は不要でした。

退職後に、すぐ次の会社に就職しない(できない)場合、必要となる手続きは、主に次のようなものがあります

・健康保険
・年金
・雇用保険

健康保険

健康保険については、国民健康保険に加入する場合と、家族の扶養に入り家族が加入している健康保険に入ることの2択が可能です。

私の場合は、自営業もしくはフリーランスをやるにしても、開始できる状態にないこと、また、準備期間が必要になります。そのため、すぐに収入を得ることができず事実上「無職」になりますので、家族の扶養に入ることにしました。

また、年収が130万円以下とならないと扶養にはなれないのですが、これまでの年収ではなく、今後の年収で評価されるため、問題なく申請できることがわかりました。

年金

主に、結婚すると家庭に入る女性を考慮して存在してきた、国民年金の「第3号被保険者」になることが、夫の場合も可能なようです。

第2号被保険者(厚生年金)から第3号被保険者への手続きは、家族の働いている会社の事業主が行うものなのですが、こちらも、扶養に入るということは、第3号被保険者に該当するため、事業主が提出する書類となっています。

当初は、自分で払わないといけないのではないか?と思っていたのですが、どうやら、収入の条件を満たせば、「第3号被保険者」となれるようです。

雇用保険

雇用保険については、現在手続きについては、調査中です。

自営業をやる、フリーランスをやるんだ、という強い意志があるので、正直なところ、「申請しないで、気合を入れよう」という思いもあったのですが、順調にいくとは限らないので、家族のためにも申請だけはするつもりでおります。

また、長年、保険料を支払ってきたわけなので、こういう時には利用して当然だと思いました。

以上が、退職後に行わなければいけな、重要な事柄です。

確定申告も行わなければいけない事の一つですが、退職後というよりは、翌年の2月、3月が対象となりますから、また、その時期になり、対応したら、掲載したいと思います。

それほど、不安に思わず、本来やるべきことをやるだけのことだということが、わかりました。